61-6
赤点は49点以下。
フレデリカは数学の試験でギリギリ赤点をまぬがれたのだ。
「数学で赤点取らなかったの初めてなんですよねー」
「やったな、フレデリカ」
俺は心から彼女をほめたたえた。
51点とはいえ、間違いなく成長したのだから。
家庭教師をしたかいがあった。
熱い思いが胸にこみあげてきた。
「ちなみにー、他の教科はぜーんぶ赤点でーす」
それは言わなくていい……。
「確か、試験で良い結果を出せたら両親からごほうびがもらえるんだったな」
「今から楽しみですー」
それから彼女は上目づかいになって甘えるような声でこう言った。
「アッシュさんもー、くれますよねー? ごほうび」
「え……」
ご、ごほうび……。
といっても、俺にあげられるものはない。
まさか王都の店で高価な服やアクセサリーをねだられるのだろうか。
身構えていた俺にフレデリカはこう続けた。
「私にー、キスしてくださーい」
またキスをねだられた。
「ダメですーっ!」
と叫んで俺たちの間に割り込んできたのはプリシラだった。
「それはいけません!」
キッとフレデリカをにらみつける。
「えー、いいじゃーん。減るもんでもないしー」
「減りますッ!」
減るのか……。
――って、このやりとり、前にマリアとしたことがあったような……。
「もしかしてー、プリシラは私にやきもち焼いてるのー? ならついでにプリシラもキスしてもらえばいいんじゃーん」
とたん、赤面するプリシラ。
あからさまに動揺しだす。
「きっ、キスはそんな軽々しくするものではありません……」
「なら代わりにワシがプリシラにキスしてやるのじゃ」
「えっと、遠慮します」
「なんじゃと!?」
スセリの口づけはあっさりと拒否された。
「悪いがフレデリカ。俺はキスしないぞ」
「しかたないですねー。ならー、代わりにカフェでケーキをおごってくださーい」
というわけで俺はいつものごとくカフェのケーキで手を打ったのだった。
試験結果を見せびらかすのに満足したフレデリカは俺たちの家を後にする。
「あっ、言い忘れてましたー」
玄関の前で背を向けていたフレデリカが振り返る。
「アッシュさん、ありがとうございますー。アッシュさんのおかげですー」
にこりと笑顔になるフレデリカ。
いつもの悪だくみしている小悪魔みたいな笑みとは違う、純真な笑顔だった。
不覚には俺はその笑みに見とれてしまった。
「こ、これで満足しないで、次はもっといい点とるためにがんばろうな」
「もちろんですよー。でも、もう家庭教師はしなくていいですー」
「えっ、どうしてだ?」
意外な言葉に俺は驚く。
「アッシュさんをひとりじめしていたら、プリシラに嫌われそうですからー」
小悪魔に笑みに戻ったフレデリカはそう言い残して俺たちの前から去っていった。