61-1
そうしてフレデリカに数学を教えていく。
意外なことに、彼女は熱心に問題に取り組んでいる。わからないことがあると「アッシュさーん」と教科書を指さして質問してくる。その都度俺は丁寧に教えた。
「数学って難しいですねー」
疲れたのか、ペンを机に置いて背伸びする。
「こんなの将来役に立つんですかー?」
「それを言ったら、カフェでお茶を飲むのだって将来の役には立たないぞ」
「いえいえ、役に立ちますしー」
にやりと笑うフレデリカ。
「人間の文明は数学で成り立っていると言っても過言じゃない。俺たちが今ここにいる家だって、数学を使って建てられているんだからな」
「私ー、大工さんになるつもりはないですしー」
「じゃあ、なにになりたいんだ?」
「アッシュさんのお嫁さんー」
と言って俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。
ふいうちにどきりとしてしまう。
それを彼女にさとられぬよう、冷静であるのを装って腕をほどく。
「ドキドキしましたー?」
「いいや」
フレデリカは「むっ」と眉間にシワを寄せる。
「失礼ですよそれー。乙女の柔肌に触れたのならドキドキしなくちゃいけないんですよー」
「休憩は終わりだ。次の問題を解くぞ」
「はーい」
再び机に向かうフレデリカ。
彼女の横に座り、彼女の勉強するようすを眺める。
真剣な横顔。
問題を解くのに苦戦しているようす。
いつ助けを求められてもいいように、俺も頭の中で問題を解いていた。
しかし、彼女が初歩の初歩でつまずいていてくれて助かった。
これくらいなら俺も彼女に教えられる。
彼女に難しい部分を質問されても答えられるように、俺も勉強しておかないと。
「できたーっ」
フレデリカが歓喜の声を上げる。
「合ってますかー?」
「……残念だけど、間違ってる」
「えー」
落胆する。
式は最初のあたりまでは合っているが、途中から間違えて計算がめちゃくちゃになっている。
俺は指をさしながら順を追って彼女に説明した。
「なるほどなるほどー。いや、あんまり理解してないですけどー」
「数学はとにかく数をこなせば慣れてくる。根気よくがんばろう」
「努力って苦手なんですよねー。でもー、がんばりますのでー、見捨てないでくださいねー」
太陽が完全に没して夜になった。
「今日の勉強はここまでだ」
「ふーっ。つかれたー」
ベッドに倒れ込むフレデリカ。
「もーへとへとなんですけどー」
「お疲れさま」
と、伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。
あやうく彼女の頭をなでるところだった。
プリシラにそうしていたから、ついクセで手が動いてしまったのだった。