59-5
「ひゃんっ」
今度はマリアが俺に抱きついてくる。
しかもかなり腕に力を込めて。
し、しめつけられて苦しい……。
「今、幽霊みたいなものが目の前を横切りましたわ」
「気のせいだろ」
すると彼女は不機嫌そうに眉をひそめ、俺のほっぺたをつんつんつついてくる。
「そこは『安心しろ。俺がついている。愛しいマリアよ』でしょう?」
どうやら俺の態度がお気に召さなかったようだ。
そんなキザなセリフ、一度も言ったことないぞ……。
「いつまで立ち止まっておるのじゃ。とっとと進むのじゃ」
からからに渇いた地上とは真逆に、俺たちが探索しているこの地下通路は不快なほどにしめっていた。とはいえ、砂漠を歩くよりかはずっと楽だ。
通路の壁も触れるとひんやりと冷たく、手に水滴がつく。
「みなさん、なにか聞こえませんか?」
フーガさんにそう言われ、俺たちは耳を澄ます。
……遠くから、音が聞こえる。
水の流れる音か?
しばらく通路を進むと、音の正体が判明した。
水路だ。
巨大な水路があり、そこをまたぐように橋がかけられていた。
ドドドドド……と、水が勢いよく流れている。
この水はどこからきて、どこへゆくのだろう。
「驚きました。水路があるだなんて」
フーガさんがしきりにメガネの位置を直していた。
「橋を渡って向こう岸へ行くのじゃ」
「こっ、この橋を渡るのですか!?」
プリシラが驚愕するのも無理はなかった。
水路の両端を渡す橋は木でできており、長い年月が経過して朽ち果てていた。
足場になる板は腐っていてところどころ抜けているし、対岸とつながっている綱も今にもちぎれそうだ。
橋が壊れたら水路へと真っ逆さま。一巻の終わり。
本当にこれを渡るのか?
「もたもたしておるでない」
俺たちが渡るのをためらっていると、スセリはたいまつ代わりの光球を自分の手のひらに発生させて、真っ先に橋を渡っていった。
「ほれ! なんともないのじゃー!」
対岸に渡ったスセリが水の流れる音に負けない声で叫んだ。
「で、では、次は僕が行かせてもらいます……」
フーガさんがおそるおそる橋を渡っていく。
彼が一歩進むたびにギィ、ギィと足場の板が危うげに軋む。
慎重に一歩ずつ進んでいき、どうにか彼も対岸に渡れた。
残るは俺とプリシラとマリア。
マリアが涙目で俺の服の裾をつまむ。
「アッシュ。わたくしと共に渡ってくださいまし」
「わかった」
横を見ると、プリシラがしょぼんとうなだれていた。
「プリシラはここで待っててくれ。俺はまた戻るから」
すると彼女はぴんと獣耳を立たせ、遠心力で頭が飛んでいきそうなくらい首を横に振った。
「メイドたるもの、ご主人さまの足手まといにはなりません!」
「俺がそうしたいんだ」
俺はプリシラの頭に手を乗せた。
プリシラはぽかんとしたあと、目を細めて照れ笑いを浮かべた。
「で、では、お待ちしています……。アッシュさま。てへへ」