59-3
泉を後にした俺たちは、容赦なく照りつけてくる日差しに抗いながら砂漠を歩いた。
ひたすら暑い。
額から滑り落ちた汗の玉が顔の輪郭を伝い、あごの先から落ちる。
足を引きずるようにして歩を進める。
ときおり吹く風は熱と砂をはらんでいて、俺たちを苦しめるばかり。
遠くに見えた建物の影が徐々にだが明瞭になってくる。
とはいえ、まだまだ遠い。
プリシラもマリアもフーガさんもつらそうな顔をしていて口数は少ない。
俺も同じような表情をしているのだろう。
スセリは――。
「あー、やれやれ。暑いのじゃ」
余裕たっぷりのようすだった。
どうして彼女は平気なのだろう。
という疑問と同時に「やはりスセリはそうなんだな」と納得もしてしまっていた。
「アッシュさま。魔法で水は出せないのでしょうか」
「たぶん、無理だな」
魔法は大気中に存在する元素をもとに発動する――という魔法理論を子供のころ、家庭教師に習った。
水を生み出す魔法は周囲の目に見えない水分を凝縮する原理だから、この渇いた世界ではまともに発動させられないだろう。
それを聞いたプリシラはがっくりと落胆した。
「その格好だから暑いのじゃろう。メイド服を脱いだらどうじゃ」
「それはできません!」
断固拒否するプリシラ。
俺やフーガさんがいるのだから当然だな。
……と思いきや。
「メイド服はメイドの魂ですので!」
プリシラは誇らしげに胸を張っていた。
「アッシュ。この暑さをどうにかする方法はありませんの?」
マリアが無理難題を押しつけてくる。
そんなことができればとっくにやっている。
「怖い話をする、なんというのはどうでしょう」
フーガさんが俺に代わってそう提案してきた。
ぽかんとする俺たち。
予想とは違った反応をされたからか、フーガさんは焦ってこう続けた。
「怖い話を聞いて怖くなれば、自然と寒くなる……なんて、あ、あはは……」
「……フーガさま、案外おちゃめな方ですわね」
「怖い話なら知っておるのじゃ」
ちょうどいい大岩を見つけたので、その陰で涼みつつ、怪談話をすることになった。
スセリが皆の顔を順番に見てから、声をひそませて語りだした。
「ある昼下がりのできごとじゃ。ワシは五枚のビスケットを食べておった」
「ふむふむ」
「それで?」
「ソファに寝転がりつつ、まずは一枚を手に取って食べた。そして、食べながら端末でゲームをして遊んでおったのじゃ。デイリークエストを消化するためにな」
今のところ、怖くなる気配は微塵もない。スセリの単なるだらしない日常だ。