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自室に帰り、机に魔書『オーレオール』を置く。
そっと表紙を開く。
そこには現代のものとは異なる文字でなにかが記されていた。
これは……古代の魔法だ!
見たことのない文字のはずなのに、それを読むことができた。
『オーレオール』に記されていたのは魔法だった。
それも、現代では禁呪に指定されている禁断の魔法や、太古に失われてしまった伝説の魔法ばかり……。
俺は震える指でページをめくっていく。
高位の魔術師しか使えないという治癒魔法、転移の魔法、都市ひとつを焼き払う大魔法……。様々な魔法の詠唱方法が記されている。
この書物さえあれば、世界を支配できる。
そう思えてしまうほどの恐ろしい魔法の数々が記されていた。
そのときだった。部屋のドアがノックされたのは。
俺はとっさに机の引き出しに『オーレオール』を隠す。
訪ねてきたのは兄上だった。
「アッシュ。父上がお呼びだ。すぐに来い」
父上の書斎に入る。
父上は革張りのイスに深くもたれて俺を待っていた。
俺が父上の前に立つと、父上は座り直して俺を見上げる。
「アッシュよ。お前に大事な話がある」
まさか、もう地下室に入ったのが知られたのか?
ところが、父上の口から出た言葉は別の意味で俺を驚かせた。
「アッシュ。お前をランフォード家から排斥する」
なんの感情もない、冷たい口調で父上は告げた。
「待ってください!」
「なにを待てというのだ?」
そう言い返されて俺は言い淀む。
それで俺はいくらか冷静になった。
いつかこの日が来るとは思っていたが、まさか今とはな……。
平民の子で、召喚術をまともに使えない俺がランフォードを名乗っていいわけがなかった。
俺には猶予があった。17年間の。
しかし、それでも俺はこの家の名を名乗る資格はついに得られなかったのだ。
俺はもう、ここにはいられない。
「金はいくらでも渡そう。それを持って家を出ていけ」
「……いえ、結構です」
「そうか」
「今までありがとうございました、父上。ご期待に応えられず申し訳ありませんでした」
「……」
父上はもう、言葉を交わさなかった。
俺もこれ以上、父上と語る言葉が見つからなかった。
「お待ちください!」
書斎の扉が勢いよく開かれる。
そこに現れたのは獣耳のメイドの少女、プリシラだった。
「アッシュさまはとてもお優しい方です。追い出したりしないでください!」
「口を慎め」
怒りをあらわにした父上の語気にプリシラはびくりとすくみ上る。
しかし、それでも彼女は食い下がる。
「どうしてアッシュさまに冷たくされるんですか? アッシュさまは――」
「こいつは『出来損ない』だからだ」
言われた。
面と向かってはっきり言われてしまった。父上に。
プリシラは困惑の表情を浮かべながら黙りこくる。
「我がランフォード家は王家に仕える召喚術師の家系。そこに出来損ないがいては家の名が汚れるのだ」
プリシラの目じりに大粒が浮かぶ。
まばたきすると、大粒がはじけた。
「なら、でしたら、わたしはアッシュさまについていきます!」