55-6
その日の午後。
王都の背の高い建物の陰に陽が沈み始めたころ、俺の持っていた端末がベルをやかましく鳴らした。
セヴリーヌだな。
俺のベッドで眠っていたスセリが目をこすりながら上体を起こす。
「なんじゃ。人がせっかく気持ちよく寝ておったのに」
「スセリはなんでわざわざ俺の部屋で寝てるんだ……」
端末を操作してベルが鳴り止ませると、画面にセヴリーヌの顔が出てきた。
満面の笑顔だ。
「アッシュ。手紙送ったぞ」
「そうか。届くのを楽しみに――」
「もう読んだか?」
「……え?」
俺はぽかんと口を開ける。
そして思い出した。セヴリーヌが致命的な勘違いをしていることに。
「そんな早くに手紙が届くわけないのじゃ」
俺の肩越しに端末の画面をスセリが覗き込んで言った。
セヴリーヌが眉根を寄せる。
「なら、いつ届くんだよ。夕飯食べおわったあとくらいか?」
「早くても三日後くらいだな」
「みっか!?」
すっとんきょうな声を上げ、がく然とするセヴリーヌ。
「手紙って届くのにそんなにかかるのか!? その魔法、欠陥だろ!」
「手紙の配達は魔法ではないのじゃ」
俺は彼女に手紙が配達される仕組みをかんたんに教えた。
「じゃ、じゃあ、アッシュがアタシの手紙を読んで返事を書いてアタシの家に届くまで……」
「七日はかかるだろうな」
「そんなに待てるかっ!」
予想どおり、彼女は憤慨した。
端末を上下に振っているのだろう。彼女の部屋を映した画面が、地震が起きたみたいに激しく揺れる。
「子供じゃのう、セヴリーヌ。待つのもまた手紙の楽しみなのじゃよ」
スセリが嘲笑する。
スセリよ。この子を挑発するようなマネはやめてくれ……。
画面に再びセヴリーヌの顔が映る。
画面からはみ出す勢いで顔面を近づけている。
「アッシュ! 大人は手紙を待てるのか!?」
「あ、ああ……。待てる」
「……そっか」
俺の返事を聞いたセヴリーヌは冷静さを取り戻して落ち着いた。
「わかった。アッシュの返事が届くのを楽しみに待つぞ」
「俺もセヴリーヌの手紙が届くのを楽しみ待つから」
「えへへっ」
彼女は笑顔になった。
「スセリ。お前はアッシュと文通してるか?」
「してるわけなかろう」
「なら、アタシの勝ちだなっ。くやしいだろー。うらやましいだろー」
「あー、はらわたが煮えくり返るほどくやしいのじゃー」
ろこつな棒読みでスセリは言った。
負けてくれてありがとう、スセリ。
「アッシュ。他の奴と文通はするなよ。アタシとだけだからな」
「わかってるよ。セヴリーヌとだけだ」
「そうだ。アタシだけが特別なんだぞ。アタシたちは親友なんだからなっ」
そうして今日のセヴリーヌとの会話は終わった。
少々身勝手でわがままなところはあるが、そこが彼女のかわいい点でもあるのだろう。俺は密かにそう思った。
……手紙、待ち遠しいな。




