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「そうか。あの子供、ノノと暮らすことになったか」
夜。『夏のクジラ亭』のバルコニーに俺とスセリはいた。
お前も子供だろ。
と言いかけて口をつぐむ。
スセリは外見こそ子供だが、中身は大人どころか老人だったのを思い出したから。
「運がよかったのじゃ。あのまま貧困層居住区で暮らして冒険者稼業を続けていては、いつ悲惨な末路をたどってもおかしくなかったからの」
スセリもオーギュストさんと同じくそう言った。
冒険者とはていの良い言いかたで、悪く言えば国に管理されたならず者の集団。
自分自身が冒険者になって他の冒険者との交流でわかった。多くの場合、まともな仕事に就けない者がしかたなく冒険者となるのだ。
ネネもその一人だった。
「あやつ、アスカノフを見たら腰を抜かすかもしれんの。のじゃじゃじゃじゃっ」
アスカノフ――ノノさんに仕えている竜。
確かに、あのへんぴな村に竜がいるだなんて思いもよらないだろう。
別れる前に言っておくべきだったか。
「ワシらもいよいよ船出の時じゃな」
王都グレイスへの旅立ち。
その日はいよいよ明日となった。
船に乗り、王都のある大陸へと俺たちは向かう。
「この美しい夜景もしばらくは見納めじゃな」
眼下に広がるケルタスの夜景。
手前に無数の建物が立ち並び、窓からこぼれる明かりが地上の星となっている。
景色の奥には静かに波打つ黒い海。
そして空には丸い月がかかっており、青白い光で夜の世界を照らしていた。
「意外だな」
「なにがじゃ?」
「スセリが夜景を見て感動しているのが」
「ワシをなんだと思っておるのじゃ」
スセリがジトっとした目つきをする。
「スセリってそういうのとかくだらないと思ってそうだったから」
俺はスセリについてあまりにも無知だった。
好きなものとか嫌いなものとか、ぜんぜん知らない。
俺にとって彼女はのじゃのじゃ言うだけの変人だ。
「スセリの好きなものってなんだ?」
「……アッシュよ。おぬし、ワシと共に旅をはじめてどれくらい経ったと思っておるのじゃ」
案の定、呆れられてしまった。
「ワシがプリシラやマリアでなくてよかったのう。あの二人にそんなこと言えば、間違いなく失望されておったのじゃ」
積極的に相手を知ろうとしない。
それが俺の欠点だった。
一応、自覚はしていたが、なかなか直せない。
「ワシが好きなのはのう――」
「真面目に答えてくれよ」
「わかっておるのじゃ」
咳払いするスセリ。
「ワシが好きなのは――」
そして俺を指さす。
「アッシュ。おぬしなのじゃ」
不敵な笑みを彼女は浮かべた。
「まっ、真面目に答えるって言ったろ!?」
「ワシはしごく真面目なのじゃ」




