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5-1

 乗合馬車が村に到着したのは、青い空が茜色に染まった時刻であった。


 さびれた寒村で馬車は停まり、俺たちは荷台から降りる。

 アークトゥルス地方へ行くには、ここから先は徒歩となる。

 御者の農夫に運賃を支払うと、俺とプリシラは村の宿屋へと向かった。


「ちっちゃな村ですね」


 きょろきょろと周囲を見回しながらプリシラがそうこぼす。

 村はかなり規模が小さい。

 村というよりは集落か。


 首を回すだけで、外周をぐるりと囲む木造の壁がはっきりと見渡せるほど狭い。

 家屋は両手で数えられる程度しかなく、人口は100人もいないのは間違いないだろう。


 そんな小さな村にも一応、旅人向けの宿屋はあった。

 宿屋に入った俺とプリシラはさっそく部屋を借りた……かったのだが。


「部屋が一部屋しか残っていない?」

「そうなんです。ごめんなさいねぇ」


 恰幅のよい受付のおばさんがそう謝った。

 この小さな宿屋には部屋が三つしかなく、そのうち二つは俺たち以外の旅人の二人組が借りてしまったのだという。


「ふだんはめったに客なんて来ないのに、この日に限って二組も旅人が来るなんてねぇ」


 おばさんは気の毒そうに言った。


「まいったな……」

「わ、わたしは野宿で結構ですっ」


 くるりと背中を見せて宿屋から出ていこうとするプリシラ。

 俺はとっさに彼女の肩をつかむ。


「いいわけないだろ。部屋はプリシラが使ってくれ。野宿は俺がする」

「そ、そんなのダメですっ。メイドがベッドで眠ってご主人さまが野宿なんていけませんっ」

「俺とプリシラはもう主従関係じゃないだろ」

「心はいつもメイドですっ」


 プリシラは小さな胸を張った。

 ちょっと前にも同じやり取りをしたような……。

 とにかく彼女は俺のメイドであることに相当誇りを持っているようだ。


「ならば二人で一つのベッドを使えばよかろう」


 スセリが魔書『オーレオール』から出てきて言った。


「やれやれ。おぬしらのやりとりにやきもきして、思わず実体化してしまったのじゃ」

「さすがに男女で一つのベッドはまずいだろ……。なあ、プリシラ」


 ところがプリシラは「いいえっ」と俺の予想と真逆の返事をした。

 ぐいっと俺に詰め寄ってくるプリシラ。


「わ、わたしはアッシュさまと同じベッドで眠るのは、その、大歓迎ですっ」

「大歓迎!?」

「のじゃじゃじゃじゃっ」


 スセリが腹を抱えて大笑いする。

 鼻が触れ合いそうな距離まで詰め寄っていたプリシラは、うつむき加減になって、股のあたりで手をこすり合わせてもじもじしだす。


「わ、わたし、アッシュさまと……その……同じベッドで眠りたいです」


 頬を赤く染めて、上目遣いで、恥じらいながら小声で言う。


「ほれ、プリシラはこう言っとるぞ」


 ……彼女が構わないというのなら、そうしよう。

 下心はないからな。断じて。決して。

 と自分に言い聞かせる。


 そういうわけで俺たちは一つの部屋を借り、そこで二人で宿泊することにした。

 台帳に二人の名前を書く。


「お二人は兄妹かしら?」


 宿屋のおばさんが何気なく尋ねてくる。


「それとも恋人同士?」

「はいっ」


 プリシラが力いっぱい、全力でうなずく。

 プリシラ!?


「こっ、ここここ恋人同士なので、同じベッドでも平気なのですっ」


 あえて訂正する必要もなかったので、俺は特になにも言わなかった。

 プリシラがちらりと俺の横顔をうかがってきた。


「あとは二人の夜を楽しむがよい」


 そう茶化してスセリは『オーレオール』の中に帰っていった。

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