39-2
ミューはプリシラの服の袖をぎゅっと握っている。
プリシラは困ったふうに苦笑いしている。
「すみません、ミューさま。お仕事をおまかせされたのは昨日まででしたので」
「今日もおうちにいてー」
そうねだってくるミュー。
どうやら懐かれてしまったらしい。
「わがまま言っちゃいけないよ、ミュー」
「やだー」
「ほら、プリシラの袖を放して」
「やだやだー」
どうやら娘には甘いらしく、屋敷の主人もそれ以上強い言葉を出せずにいた。
「パパー。プリシラをミューのおうちで雇ってー」
「ふむ」
屋敷の主人が考え込む。
それから彼はこう言った。
「どうでしょう、アッシュさま。プリシラを料理人として我が家で雇わせていただけませんか」
「えっ」
いきなりそう提案されて、俺はつい声を出してしまった。
プリシラもびっくりしている。
「給金は冒険者をしていたころより多く出すのをお約束します」
突然の提案だったため、俺はどう返事をすればよいのかわからずにいた。
屋敷の主人がミューの頭に手を置く。
「娘がプリシラを気に入ってしまったらしくて。どうかお願いを聞いていただけないでしょうか」
「えっと……。それはプリシラの意思に任せます」
俺はプリシラに目をやる。
「プリシラ、どうだ? この屋敷で料理人をする気はないか?」
「ア、アッシュさま……」
俺がそう尋ねると、プリシラはなぜか落胆した面持ちになった。
それから力無く首を横に振った。
「申し訳ありません。わたしはこれからもアッシュさまと冒険者を続けたいです」
「えー」
不服そうにするミュー。
ぷくーっとやわらかそうなほっぺたを膨らませている。
「それでは、また料理人が必要になったときはプリシラを指名いたしますので、そのときはよろしくお願いいたします」
「はい。わかりました」
「パパー、明日もパーティーしてー?」
「ははは……」
そうして俺とプリシラとスセリは屋敷を後にした。
帰り道、どうにもプリシラのようすがおかしかった。
馬車に乗っている間、彼女はずっと落ち込んだようすで、口数が少なかった。
「プリシラ。体調でも悪いのか?」
「いえ……」
プリシラは俺と目を合わせようとせず、流れゆく窓の外の景色をぼーっと眺めていた。
窓に浮かない彼女の顔が映っている。
「やれやれ、呆れたのう」
スセリが肩をすくめる。
スセリはプリシラが落ち込んでいる理由を知っているようだ。
「アッシュよ。プリシラに早く謝るのじゃ」
「あ、謝る……?」
俺はプリシラに謝るようなことをしてしまったのか……?
まったく心当たりがない。




