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ある日のこと。
「アッシュさまっ」
冒険者ギルド二階のラウンジで休憩していると、プリシラが声を弾ませながら駆け寄ってきた。
「とてもすごい情報を手に入れましたっ」
「すごい情報?」
「あさっての夜、『赤き月』が起きるそうです」
赤き月。
その名のとおり、あさっての夜、本来黄色い月が赤く染まるという。
何百年に一度という極めて珍しいものらしい。
しかし、赤き月が起こることは、俺を含めてすでにケルタスの住人のほとんどが知っていた。
皆、赤き月を観測しようと沸き立っている。
その現象に神秘性を見出した、怪しげな集団まで現れる始末。
ケルタス中の人々が赤き月の夜が訪れるのを待っているのである。
「まさかプリシラ、赤き月のことを今知ったのか?」
「いえ、わたしも赤き月が起こるのは以前から知っていました。すごい情報というのは、これから申し上げることです」
プリシラがテーブルに地図を広げ、東の台地を指し示した。
「赤き月の夜、東の台地に『赤き月の花』が咲くそうです」
赤き月の花……。
そんな花が咲くというウワサは耳にしていない。
「赤き月の夜にしか咲かない、伝説の花だそうですっ」
興奮した声色でプリシラはそう言った。
つまりその花は、何百年に一度しか咲かない幻の花というわけか。
確かにそれはすごい情報だ。
「でもプリシラ。そんな情報、一体どこから仕入れたんだ?」
「さっき、届け物の依頼をこなしたとき、依頼主のおばあさんから教えてもらったんです」
そ、それって信ぴょう性はどれほどのものなのだろう……。
わくわくを隠しきれないプリシラには悪いが、俺は眉唾な話にしか思えなかった。
「アッシュさま」
プリシラはおずおずと上目遣いで、こうねだってきた。
「赤き月の夜、東の台地に花をさがしにいきませんか……?」
たぶん、赤き月の花は見つからないだろう。
プリシラが得た情報が真実だとすれば、もっとウワサになって広まっているはずだ。
それでも俺はこう答えた。
「わかった。赤き月の花をさがしにいこう」
すると、プリシラの顔がぱあっと明るくなった。
「ありがとうございますっ」
「スセリとマリアにも話して――」
「ダ、ダメですっ」
へ……?
反射的にそう言ってしまったらしく、プリシラははっと我に返って口を押えた。
それから気まずそうにこう続けた。
「え、えっと、他の人にはご内密に……」
「東の台地に街中の人が押しかけたら困るからか? だいじょうぶさ。スセリもマリアも他人にぺらぺらしゃべったりはしないだろ」
「そ、そうではなく……」
床に目をやりながらもじもじしているプリシラ。
「わ、わたしとアッシュさま、二人でいきたいのです。花をさがしに」




