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38-1

 ある日のこと。


「アッシュさまっ」


 冒険者ギルド二階のラウンジで休憩していると、プリシラが声を弾ませながら駆け寄ってきた。


「とてもすごい情報を手に入れましたっ」

「すごい情報?」

「あさっての夜、『赤き月』が起きるそうです」


 赤き月。

 その名のとおり、あさっての夜、本来黄色い月が赤く染まるという。

 何百年に一度という極めて珍しいものらしい。

 しかし、赤き月が起こることは、俺を含めてすでにケルタスの住人のほとんどが知っていた。


 皆、赤き月を観測しようと沸き立っている。

 その現象に神秘性を見出した、怪しげな集団まで現れる始末。

 ケルタス中の人々が赤き月の夜が訪れるのを待っているのである。


「まさかプリシラ、赤き月のことを今知ったのか?」

「いえ、わたしも赤き月が起こるのは以前から知っていました。すごい情報というのは、これから申し上げることです」


 プリシラがテーブルに地図を広げ、東の台地を指し示した。


「赤き月の夜、東の台地に『赤き月の花』が咲くそうです」


 赤き月の花……。

 そんな花が咲くというウワサは耳にしていない。


「赤き月の夜にしか咲かない、伝説の花だそうですっ」


 興奮した声色でプリシラはそう言った。

 つまりその花は、何百年に一度しか咲かない幻の花というわけか。

 確かにそれはすごい情報だ。


「でもプリシラ。そんな情報、一体どこから仕入れたんだ?」

「さっき、届け物の依頼をこなしたとき、依頼主のおばあさんから教えてもらったんです」


 そ、それって信ぴょう性はどれほどのものなのだろう……。

 わくわくを隠しきれないプリシラには悪いが、俺は眉唾な話にしか思えなかった。


「アッシュさま」


 プリシラはおずおずと上目遣いで、こうねだってきた。


「赤き月の夜、東の台地に花をさがしにいきませんか……?」


 たぶん、赤き月の花は見つからないだろう。

 プリシラが得た情報が真実だとすれば、もっとウワサになって広まっているはずだ。

 それでも俺はこう答えた。


「わかった。赤き月の花をさがしにいこう」


 すると、プリシラの顔がぱあっと明るくなった。


「ありがとうございますっ」

「スセリとマリアにも話して――」

「ダ、ダメですっ」


 へ……?

 反射的にそう言ってしまったらしく、プリシラははっと我に返って口を押えた。

 それから気まずそうにこう続けた。


「え、えっと、他の人にはご内密に……」

「東の台地に街中の人が押しかけたら困るからか? だいじょうぶさ。スセリもマリアも他人にぺらぺらしゃべったりはしないだろ」

「そ、そうではなく……」


 床に目をやりながらもじもじしているプリシラ。


「わ、わたしとアッシュさま、二人でいきたいのです。花をさがしに」

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