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「マリア! 早くしろ!」
馬車からマリアの父親がいらだちを含んだ声で叫ぶ。
マリアはそんな声を無視する。
「わたくし、これからもアッシュに会うつもりですわ」
大人たちへのせいいっぱいの反抗の証として、勝気な笑みを見せる。
「今度アッシュと会ったら屋敷に閉じ込めると言われましたけど、構いませんわ」
マリアは俺にウィンクしてみせる。
「どんな障害がこの先立ちはだかろうと、わたくしとアッシュは結ばれる運命にありますもの」
そして左手の薬指はめられた指輪を俺に見せてきた。
美しいドレスには不釣り合いな、安っぽい指輪だった。それは彼女の一番の宝物だった。
ある意味、運命の指輪だ。
マリアが馬車に乗り込むと、馬車はすぐさま俺たちの前からいなくなった。
貴族たちは全員帰路につき、残されたのは俺とプリシラだけになった。
しん、と静まり返る。
幼いあの日、俺とマリアが出会わなかったどうなっていただろう。
俺が指輪を渡さなかったら、どんな関係になっていただろう。
夜空に飾られた満月を見上げながら、そんなことをふと考えた。
「今回はハズレじゃったな」
スセリが実体化して俺たちの前に現れた。
「なにがハズレなのですか? スセリさま」
「ワシの新たな肉体さがしじゃよ。マリアとその両親の潜在魔力を測ってみたが、いずれも凡人の域を出ておらんかった」
「まさか、そうじゃなかったらマリアの肉体を乗っとるつもりだったのか!?」
「むろんじゃ。ワシはそのために魂を『オーレオール』に封じておるのじゃからな」
そう言われて、俺はようやくあることに気付いた。
「肉体に魂を移すということは、元の肉体の魂はどうなるんだ?」
「肉体からはじき出され、消滅するじゃろうな」
「ふえええっ!?」
プリシラがすっとんきょうな声を上げた。
やっぱりそうなるのか!
「スセリ、お前もしかして、なんの罪もない人間の身体を乗っ取るつもりじゃないだろうな」
「『稀代の魔術師』とうたわれたワシに肉体を渡すのじゃ。これは極めて光栄なことじゃぞ」
「おいおいおい!」
「そんなのダメですよぉ!」
スセリのその行為は実質人殺しだ。
そんな野望に手を貸すわけにはいかない。
そうしろと強制されるのなら、俺は即刻『オーレオール』を焼き捨てる。
俺の思考を読み取ったのか、スセリは心底面倒くさそうに頭をかいた。
「わかったわかった。なら、肉体を奪われても文句がないような悪党か、死んで間もない新鮮な肉体を依り代として選ぶわい。……まったく、面倒なヤツを選んでしまったわい。ワシはいつになったら人間に戻れるのやら」
「一度死んだなら諦めろ。死は平等なんだからな」
「ワシは『稀代の魔術師』じゃぞ。摂理や運命など容易に覆せるのじゃ」
のーじゃっじゃっじゃっ。
スセリのヘンテコな高笑いが夜の空に響いた。




