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今のブラックウルフはもしかして……。
「きっとアッシュが傷を治した子ですわ」
足元の木の実を拾う。
これはあの魔物なりのお礼のつもりなのだろう。
なんだか心がほっこりした。
俺とマリアは顔を見合わせ、くすりと笑いあった。
この木の実は『夏のクジラ亭』の庭に埋めてもらおう。
無事に依頼を済ませた俺たちは冒険者ギルドへ行き、依頼完了の報告をして報酬を受け取った。
かんたんな依頼だったので報酬もそれ相応だったが、いい感じに時間を使えた。
もう少しすればスセリとセヴリーヌの決闘の時刻だ。
「おかえりなさい。アッシュくんにマリアちゃん」
『夏のクジラ亭』に帰ってくると、受付にいたクラリッサさんが俺たちを出迎えてくれた。
「今日はどうでした? クラリッサさん」
10人もの冒険者が急に宿泊することになった。表通りの大きな宿ならなんてことはない人数でも、夫婦二人しかいないこの小さな宿ではいっぱいっぱいだったろう。
廊下の先の食堂からは大勢の人のにぎやかな声が聞こえてきている。
宿泊しにきた冒険者たちが食事をとっているんだな。
「プリシラちゃんとスセリちゃんのおかげでなんとかなったわ」
プリシラはともかく、スセリはちゃんと働いたのだろうか……。
あいつがいっしょうけんめい真面目に働く姿がどうしても想像できない。
「ワシならちゃんと働いたのじゃ。のう? クラリッサよ」
廊下の曲がり角からスセリが現れた。
「だから魔法で心を読むなよ……」
「嫌なら防護魔法の一つでも覚えるのじゃな」
「アッシュさま。マリアさま。おかえりなさいませ」
続けてプリシラもやってきた。
プリシラもマリアもここにいるってことは、今、食堂はヴィットリオさん一人で回してるのか。だいじょうぶだろうか……。
「食堂なら心配いらん。注文を受けた料理はすべて運んだのじゃ。皿洗いをしたいのは山々なのじゃが、セヴリーヌとの決闘の時間が迫っておるのじゃ」
「だから心を読むなってば」
時計に目をやる。
そろそろ出発しなければいけない時間だ。
「さあ、セヴリーヌのもとへと行くのじゃ」
「お手伝いありがとうね、スセリちゃん」
「これくらいどうってことないのじゃ」
「それにプリシラちゃんも」
「お困りとあらば、いつでもお助けいたしますっ。メイドですのでっ」
そうして俺たちは夜の気配が這い寄りつつある薄暗い街道を歩き、セヴリーヌの家へと向かった。
街道の石畳に長い影が落ちている。
「楽しみじゃのう。勝ったらアッシュを好き勝手できるのじゃからな。覚悟はしておるか?」
「いや待て。そんな約束だったか?」
スセリはセヴリーヌとの決闘に勝ったら俺をどうするつもりなんだ……。




