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36-1

 昼食をごちそうになった後、俺たちは老夫婦に別れを告げて村を後にした。

 のどかな街道を俺とマリアの二人で歩く。

 日はまだ高い。

 ケルタスに帰っても、スセリとセヴリーヌの決闘まで暇を持て余すだろう。


「ああいう夫婦になりたいですわね」


 マリアが俺を見つめながら言う。


「俺は――」

「わたくしと結婚するつもりはない――ですわよね? でも、そうはいきませんことよ。わたくしとアッシュが夫婦になるのはすでに約束されていますのよ」


 左手の薬指にはめた指輪を得意げに見せつけてきた。

 昔の俺め。やっかいなものを渡したものだ……。


「プリシラやスセリさま、セヴリーヌさま、それにディアさんには負けませんわ――って、あなた、一体何人の女性をとりこにしていますの……」


 マリアはジト目になっていた。


「それはそうとアッシュ。あなた、スセリさまと口づけをしたのでしたわよね。このわたくしをさしおいて」

「ああ。ほっぺたにな」

「頬であろうとキスには変わりありませんわ」


 ずいっと詰め寄ってくるマリア。


「わたくしもあなたと口づけをしますわよ」

「断る」

「将来を誓った女性との口づけを断るとおっしゃいますの?」


 将来を誓ったというのがそもそもの勘違いなんだが……。

 彼女はもう完全に俺を将来の夫と決め込んでいる。


「女性に指輪を渡しておいて、いざ口づけになると拒むなんて、情けないですわよ。いい加減、覚悟を決めてわたくしとキスなさい、アッシュ!」


 本当に唇が触れてしまうほどの距離までマリアは接近してくる。

 彼女のあたたかい吐息が顔にかかる。

 そして豊満な胸が二の腕にあたり、ごくりと息をのんでしまう。


「アッシュ」


 マリアがささやく。


「わたくしとキスしてくださいまし」


 その口調に俺はどぎまぎしてしまった。

 彼女ほどの美貌の持ち主に、こんなふうに言い寄られて揺らがない人間などいようか。

 マリアが唇を近づけてくる。


 彼女の唇が俺の頬に触れようとしたそのときだった――俺たちの前に何者かが躍り出てきたのは。


「魔物か!」


 俺はとっさにマリアをかばい、飛び出してきた何者かの前に立ちはだかる。

 俺たちの前に現れたのは魔物だった。

 黒いオオカミ型の魔物――ブラックウルフ。


 ブラックウルフはその場に立ち止まったまま、じっと俺たちを見ている。

 その目に敵意は宿っていない。

 よく見ると、ブラックウルフは口に木の実をくわえていた。


 ゆっくりと近寄ってくるブラックルフ。

 そして俺とマリアの足元に木の実を置いた。

 それからブラックウルフは俊敏な動きで街道の脇の林に走って消えてしまった。

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