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35-2

「これがキスじゃよ」


 スセリはそう言った。

 そしてこう続けた。


「これが愛し合う者同士が愛を確かめる手段なのじゃ」

「ふーん。変なことするんだな」

「つまり、今のでアッシュはワシにものになったということじゃ」

「へっ!?」


 セヴリーヌが仰天する。

 そして次の瞬間、彼女は水が瞬時に沸騰するかのように激怒した。


「お前! またアタシから好きな人を奪うつもりか!」

「恋愛に容赦は無用なのじゃ」


 スセリは上目遣いで俺をからかうように見てくる。


「アッシュよ。おぬし、キスは初めてじゃったろ」

「ま、まあな……」


 よもやこんな場面で初めての口づけを――といっても、頬にだが、することになったとは……。

 セヴリーヌは怒りで全身を震わせている。

 それから彼女はこう叫んだ。


「アッシュ! アタシもキスするぞ!」

「ええっ!?」

「ちょっとしゃがめ!」

「ま、待て!」


 背伸びして俺にキスをしようとしてくる彼女をどうにか押しとどめる。


「なんで嫌がるんだよ! スセリはよくてアタシはダメなのか!?」

「さっきのはスセリの不意打ちだ!」

「アタシもアッシュとキスして結婚するんだ!」


 セヴリーヌは泣きながら俺をポカポカ叩きだした。

 スセリは「のじゃじゃじゃじゃっ」と愉快そうに笑っている。


「残念じゃったのう、セヴリーヌよ。アッシュはもうワシのものなのじゃ」

「スセリ! おまえーっ!」


 セヴリーヌがスセリに向けて手をかざす。

 彼女のかざした手に魔力が集中しだす。

 俺は彼女の腕をつかみ、魔法を無理矢理中断させた。


「『夏のクジラ亭』を巻き込むつもりか!」

「知るか! スセリはぜったいにぶっとばす!」

「おぬしごときにワシは倒せんのじゃ。のーじゃじゃじゃっ」


 スセリがやたらと煽るせいでセヴリーヌの暴走が止まらない。


「……こうなったら決闘だ」


 け、決闘……?

 セヴリーヌがスセリを指さす。


「アッシュをかけてアタシと決闘しろ! スセリ!」

「受けて立つのじゃ」

「明日、太陽が海に沈む時間、アタシの家の前で勝負だ!」


 決闘の日時と場所を告げたセヴリーヌは俺たちに背を向けて立ち去る。


「アッシュ。お前はアタシのものだからな。勝ったらアタシとキスしろよ」


 そう言い残して。

 セヴリーヌがいなくなり、俺とスセリの二人きりになる。


「スセリ。お前のせいだぞ……」

「じゃが、退屈しのぎになりそうじゃろ?」


 スセリは余裕の表情をしている。


「安心するのじゃ。ワシは最強の魔術師。あやつになど負けんのじゃ」


 俺は別にスセリが負ける心配をしているわけではないのだが……。


「それにのう」


 スセリが先ほどキスした場所――俺の頬を指でつつく。


「アッシュがワシのものだというのは本当じゃからの」

「一体いつ、俺はスセリのものになったんだよ」

「魔書『オーレオール』を手にしたその瞬間からなのじゃ」


 急に真剣な口調になったので、俺はどきっとしてしまった。

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