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約束の時刻が近づいてきた。
社交パーティーの会場となっている伯爵の屋敷の前には、迎えの召使いたちの馬車がいくつも停まっている。
馬車から降りた御者たちは他の御者と雑談に興じていた。
俺とプリシラもその中の一人に加わっていた。
耳を澄ます。
伯爵の屋敷から上品な音楽と、貴族たちの談笑が聞こえてくる。
「あの、アーサーさん」
俺はルミエール家の召使い、御者のアーサーに声をかける。
「あのあと、調子はどうですか?」
「アッシュさまのおかげで傷一つありませんよ。その節は本当にありがとうございました」
「な、ならいいんです……。はははっ」
御者のアーサーは野盗に人質にとられたとき、俺が転移魔法を使って助けたのだ。
対象をいったん消滅させ、転移先で再構築するという、おっかない理論の魔法で。
本人はいたって健康そうでよかった。
とはいえ二度とこの魔法は人間には使うまい……。
「社交パーティー、楽しそうですね」
プリシラが明かりの灯った屋敷を見上げながらつぶやく。
「笑い声が絶えませんし、おいしい料理の匂いもしますし」
彼女は獣の血が流れる半獣ゆえ、聴覚も嗅覚も通常の人間より優れている。
それで屋敷のようすがわかるのだろう。
「けどプリシラ。貴族たちもただ歌って踊ってるだけじゃないぞ」
社交パーティーは縁談のためにある。
貴族はなにより、貴族同士の人間関係が大事である。
有力な一族と婚姻を結んで絆を深め、領地経営を安定させなければならない。
もし、土地を任せるに値しない一族と国にみなされれば、領地と爵位を剥奪されかねないのだ。
「マリアさまも結婚相手を見つけるのでしょうか」
「そうなるだろうな」
両親がよい結婚相手を紹介するだろう。
本人は断固として断るのは間違いないが。
「かわいそうですね、マリアさま。好きでもない相手と結婚させられちゃうなんて」
「それも貴族の定めさ」
「アッシュさまも結婚のお話とかされたこと――」
と言いかけたところでプリシラははっとなって口をつぐんだ。
そして慌てて俺に謝った。
「もっ、申し訳ありませんっ」
「いや、気にしてないよ」
俺は『出来損ない』だったから、社交の場に出ることは許されなかったのだ。
まあ、俺もそんなものにちっとも興味はなかったからいいが。
それでもプリシラは自分の失言に落ち込んでいるようすだった。
だから俺は彼女の頭をなでた。
頭の頂点から生える獣耳の間に手を入れて。
「アッシュさま……」
プリシラは気持ちよさそうに目を細め、俺の手を受け入れてくれた。
――おぬしにはプリシラがおるからじゅうぶんじゃの。おっと、マリアもおったか。
スセリが茶化してきた。
――むっ、パーティーが終わったようじゃぞ。
屋敷の扉が開き、大勢の人の声がしてきた。
立派な服や美しいドレスを着た貴族たちがぞろぞろと外に出てくる。
門の前に立っていた召使いが門を開く。
他の御者たちも慌てて自分の馬車に戻っていった。
貴族たちは自分の馬車に乗って帰っていく。
「マリアさまも来ましたよ」
一通り人が貴族たちが帰っていって静かになったころ、遅れてマリアが出てきた。
……両親と共に。




