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魔力を使い果たしたのか、花火はもう夜空に咲くことはなかった。
花火が終わってからも俺とプリシラはケルタスの夜景と頭上の星空を眺めながら、他愛のない話をした。冒険者としての日々についてや、最近読んでいる本についてなど、いろいろと。
それからしばらくして――
「どうじゃ、見事な花火じゃったろう」
「あっ、スセリ!」
「こんばんは。アッシュさんにプリシラさん」
「フーガさんも」
俺とプリシラの前にスセリとフーガさんが現れた。
フーガさんは魔杖ガーデットを手にしている。
「魔力をすべて解放したんですね」
「ええ。ようやく安全に魔力を放出できました」
魔王ロッシュローブの肉体の一部で、四魔と言われる悪魔アズキエル。
そんな怪物から吸収した生命力は膨大な量だった。
変換した魔力を下手に解放しては周囲を破壊しかねないため、どうするべきかスセリに相談したところ、花火として打ち上げようと彼女が提案してきたのだとフーガさんは説明した。
「それにしても花火だなんて。スセリにしてはかわいげのある魔法だな」
「どういう意味なのじゃ」
「だって、お前の書いた魔書『オーレオール』は世界を滅ぼすようなとんでもない魔法ばかり書かれているから」
他人を楽しませるための魔法を知っているのが意外だった。
「あの花火はもともと、遠く人間に連絡するための初歩的な信号魔法なのじゃ」
「あっ、そういえば、ナイトホークと戦っているときもスセリさま、花火を打ち上げてご自身の居場所を教えてくださいましたね」
「そうなのじゃ。今回はその魔法の規模を大きくしたものなのじゃ」
俺たち四人はテーブルに着く。
スセリとフーガさんは酒を注文した。
「ケルタスに来てから、スセリさんからは多くのことを学びました。貴重な経験をさせていただきありがとうございます」
「うれしいのう。アッシュはそんなこと一言も口にせんからの」
「悪かったな」
「アッシュさん。スセリさんは偉大な魔術師です。この方に師事すれば、いずれあなたも『稀代の魔術師』と呼ばれるようになるでしょう」
と言われても、俺は『稀代の魔術師』の肩書に興味はない。
魔法だって冒険者としての活動に役立つから使っているに過ぎない。
魔書『オーレオール』の持ち主に選ばれたのも偶然だ。
「七日後、僕はケルタスを発ちます」
「フーガさま、帰られてしまうのですね」
「短い間ですが、お世話になりました」
「アズキエル討伐に協力してくれてありがとうございます」
「機会があれば僕の研究施設にお越しください」
出会いがあれば別れもある。
それから七日が経って、フーガさんは船に乗ってケルタスを去った。
ガルディア家の危機を救ってくれた恩人を見送るため、その日はディアも彼を見送りにパスティアから訪れていた。
フーガさんの乗った船が水平線のかなたに消える。
「では、わたくしもこれで失礼します」
「えっ、もう帰ってしまうのですか? ディアさま」
プリシラが名残惜しげにそう言う。
俺も、てっきり数日はケルタスに滞在するものだと思っていた。
「当主である父が病に伏せっている今、次期当主たるわたくしがガルディア家を守らねばなりませんので。今日はみなさんのお顔を見られてよかったです。今度、ぜひとも我が屋敷にお越しください。歓迎いたします」
そうしてディアとも別れ、俺たちはまたもとの生活へと戻った。




