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「妙案ですわ」
「ヴィットリオさまのお料理、ネネさまにも食べてもらいたいですっ」
戸惑っているネネ。
しばらくそうした後、彼女は納得してくれたらしく「わかったよ」とうなずいた。
「アッシュ。お前ってとことん『いいヤツ』だな」
「それは褒め言葉だよな……?」
「当たり前だろ」
「ワシに言わせれば『お人よし』なのじゃ」
「スセリ。それは褒めてないよな」
「もちろんじゃ」
そういうわけで、さっそくネネと彼女の妹たちを『夏のクジラ亭』に招待した。
おかみのクラリッサさんは彼女たちを歓迎してくれた。
旦那のヴィットリオさんはいつものごとくいかつい表情だったが、たぶん歓迎してくれているだろう。
「ここでおいしい料理が食べられるって聞いたんだけど……」
「ああ。期待していろ」
ヴィットリオさんがいなくなってから、ネネが俺に耳打ちする。
「あのおっかない人が料理をつくるのか……?」
「味は保証する」
とても料理をする人の風貌ではないのでネネは半信半疑だった。
そんなネネのいぶかりは、料理がテーブルに並べられた途端に吹き飛んだ。
ヴィットリオさんの彩り豊かな料理の数々にネネと彼女の妹たちは圧倒され、おっかなびっくりその料理を口に運ぶと、三人そろって「おいしい!」と声を上げたのだった。
ネネたちは無我夢中でスプーンとフォークを動かして料理をかき込む。
「てへへ。どうです? ネネさま」
「こんなおいしい料理食べたの初めてだ……。で、でも、高いんじゃないか? 食事代」
「食事代か」
ヴィットリオさんが食事代を告げる。
それを聞いたネネがテーブルに手をついて立ち上がった。
「そんな安くていいのか!?」
「俺は値段にはこだわらん」
俺も正直なところ、ヴィットリオさんのごちそうをこんなにも安く食べられるなんて申し訳ないと思っている。これほどの料理、本来なら繁華街の高級料理店ほどの代金を支払わねばならないだろう。
「こいつらの顔も見飽きた。お前たちもこれから食べにくるといい」
「ああ……。そうさせてもらう」
「やったーっ」
ネネの妹二人は大喜びだった。
こうして『夏のクジラ亭』に客が三人増えたのであった。
三人ぽっち。
本当はもっと繁盛してもらいたいんだけどな。
以前、俺はクラリッサさんにある話を持ち掛けたことがあった。
それは『夏のクジラ亭』の宣伝。
冒険者ギルドにこの店の宣伝の依頼をしないかと俺は提案したのだ。
こんなにいい宿、もっともっと客が来るべきだ。
確かに外観は表通りの店と比べれば負けているが、料理の味なら圧勝だ。宿泊する部屋だってクラリッサさんがいつも清潔にしてくれている。
この店は繁盛する可能性を秘めている。
俺はその手助けをしたい。
しかし、クラリッサさんは俺にこう言ったのだった。
――人には分相応ってものがあるのよ。私とヴィットリオにとってはこれが相応なの。
そういうわけで『夏のクジラ亭』に宿泊するのは相変わらず俺とプリシラとスセリとマリアの四人だけ。
それ以外の客といえば、ネネたち三姉妹。
それと、主人セヴリーヌのために弁当を取りにくるゴーレムのウルカロスくらいであった。




