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馬車はアリオトの街へ向かって再び走りだす。
「それにしても驚きましたわ。アッシュが先ほど唱えたのは転移魔法ですわよね」
「『オーレオール』の力を借りて唱えたんだ」
「さすがアッシュさまなのですっ」
「転移魔法なんて最高位の魔法、一握りの宮廷魔導士しか使えませんのよ」
この魔書を創ったのは召喚術師の名門ランフォード家の初代当主だ。
そういった最高位の魔法が使えても不思議ではない。
「その力を見せれば、わたくしの両親もアッシュとの交際を認めてくださいますわ」
マリアが俺の手を取ってそう言った。
「何度も言うが、俺はマリアに恋愛感情は持っていない」
「自覚していないだけですわ。子供のころ仲良くいっしょに遊びましたでしょう?」
「子供のころの話だろ」
マリアは魅力的な女性だ。
顔立ちが整っていて美人だし、少々強引な性格だが、逆に解釈すれば積極的とも言える。
家柄も文句のつけどころがない。
そんな女性に好意を寄せられるなんて名誉なことなのだろう。
それでも俺は彼女を親友以上には想えなかった。
どうにかマリアを諦めさせたいが、彼女は強情だからな……。
――いいからこの娘と夫婦になってルミエール家に近づくのじゃ。
しかもスセリまでこんなことを言ってくる始末だ……。
「はうううう……。アッシュさまとマリアさまがお付き合いすることになったら、わたし……」
プリシラは獣耳をだらんと垂らしてしゅんとなっていた。
もしも、もしもだ。仮の話だが、恋仲になるならプリシラのような子がいい。
けなげで、いっしょうけんめいで、相手を立ててくれて、にこやかな笑顔のまぶしい彼女のような子が。
つまり、マリアは俺の好みとは正反対の性格をしているのだ。
彼女が俺を熱烈に慕ってくれているのはうれしい。だが、俺にはその熱烈さは少々強すぎた。
馬車がアリオトの街の門をくぐった。
大通りを通って大きな屋敷の前に馬車は停まり、俺とプリシラ、マリアは馬車から降りる。
「それではマリアさま。お帰りの日になりましたら迎えに参ります」
御者のアーサーは手綱を取って馬車を再び走らせた。
「立派なお屋敷ですね」
プリシラが屋敷を見上げている。
ここが今回の社交パーティーの舞台となる伯爵の屋敷だ。
「旅の護衛ごくろうさまでした、アッシュ。野盗を捕まえた活躍、両親にしっかりと話しておきますわ」
「いや、俺が護衛をしたことは黙っていたほうがいいと思うぞ」
「そんなのいけませんわ。アッシュは御者のアーサーを助けた恩人ですもの。それを隠すなんてあなたに失礼ですわ」
屋敷の門が開き、迎えの人間が現れる。
マリアはその人たちに連れられて屋敷の中へと招かれていった。
社交パーティーは今夜開かれ、翌朝にマリアは帰ることになっている。
「なんじゃ。ワシらはパーティーに参加せんのか」
いつの間にやらスセリが実体化していた。
「俺たちはパーティーに招待されていないからな」
「つまらんのう」
「えっと、帰りの道のりも護衛をするのですよね。それまでどうしましょうか」
「この街の冒険者ギルドに寄って、かんたんな仕事でも受けてみよう」
小さな仕事でも実績を重ねていけば大きな依頼を受けられるようになる。
今は地道に冒険者としての役目を果たしていくのが大事だ。
そうして俺たちはアリオトの街の冒険者ギルドへと訪れた。