26-2
「雨が止むまで雨漏りしているところを見張っているなんて、らちがあかないぞ」
「でも、あなたに万が一のことがあったら……」
「俺ならだいじょうぶだ」
心配がる妻のクラリッサさんにヴィットリオさんはそうぶっきらぼうに言う。
そして外に出ようとロビーの方向へ歩き出した。
「待つのじゃ」
それをスセリが止めた。
後ろ姿のヴィットリオさんは首をひねらせて顔だけを彼女に向ける。
「こんな大雨で風も強いのに、屋根の修理など無謀なのじゃ」
「この程度、大したことない」
「止めはせん。じゃが、手伝わせてもらうぞ」
スセリが屋根の修理を手伝うのか!?
と思いきや、スセリが俺の背中を押してヴィットリオさんの前に立たせた。
「アッシュにの」
「えっ、俺が!?」
「今までごちそうを振舞った分、こき使ってやるのじゃ」
ま、まあ、ヴィットリオさん一人に任せるわけにはいかないから、手伝おうとは思っていたが……。
「ただ手伝うのではないぞ。魔法を使って手伝うのじゃ」
「魔法を……?」
「ですか?」
「なんだ、雨を止ませる魔法でもあるというのか」
「そのとおりなのじゃ」
スセリがうなずく。
「アッシュの魔法で天候を操作し、一時的に雨を止ませるのじゃ」
「そ、そんな魔法、俺が使えるのか?」
「おぬしには『オーレオール』があるじゃろう。万能の魔書の力を借りれば可能なのじゃ」
自分の部屋から『オーレオール』を持ってきて、スセリに渡す。
スセリは天候操作の魔法が記されているページを開いて俺に返した。
「さっそく外に出るのじゃ」
俺たちはロビーへ行き、玄関の前にやってきた。
玄関の外は滝のような雨。そして吹きすさぶ風。
風に乗って雨粒がロビーの中まで入り込んできて冷たい。
「魔法の詠唱はおぼえたな?」
「ああ」
「ならばあとは魔法を唱えるだけじゃ」
「アッシュさま、がんばってくださいっ」
俺は目を閉じ、精神を集中させる。
魔書『オーレオール』から身体に魔力が流れ込んでくるのを感じる。
手を前かざす。
身体を駆け巡る魔力を制御し、かざした手に集中させる。
すべての魔力が手に集まったとき、俺は魔法を唱えた。
「空よ、静まれ!」
刹那、かざした手からまばゆい光が発生した。
そして手から光の球が出現し、玄関の外に飛んでいき、灰色の雨雲に閉ざされた空へ昇っていく。
光の球が雨雲を突き抜ける。
すると、その一点を中心に、波紋が広がるように雨雲が一掃されていく。
瞬時にして『夏のクジラ亭』の真上の空だけが雲一つない晴天となった。
「すごいわ……」
「宿の周りだけが晴れになっちゃいました!」
「まるでおとぎ話の魔法使いね」