26-1
「はわわ……。そろそろ雨水を捨てませんと」
鍋にはすでに半分ほど雨水が溜まっていた。
プリシラが鍋を持ち上げる。
すかさずマリアが隣にあった空の鍋を雨漏りしている場所に置いた。
コンッ、コンッ、コンッ……。
鍋の底を叩く雨音。
プリシラは大きな鍋をいっしょうけんめい抱えてふらふらと歩きながら、雨水を捨てるために裏口へ行った。
心配だな……。
「俺が持つよ」
「ア、アッシュさま……。いえ、これは……メイドたる……わたしの……役目ですので……はわわっ」
「ほら、そんな足取りじゃこぼしちゃうぞ。ここは俺にまかせてくれ」
今にも鍋の中身をぶちまけそうだったので、俺はプリシラから鍋を受け取った。
鍋がプリシラの手から離れた途端、ずんっ、と重い力が俺の腕を床に引っ張った。
こ、これはかなり重い……。
というか、一歩も歩けない……。
そうか、プリシラは半獣だから俺よりも力持ちなのか。
とはいえ、今更鍋をプリシラに返すのも格好が悪い。悪すぎる。
そのことにおそらく気付いているのだろう。プリシラはおずおずと上目遣いで俺のようすをうかがっている。
「あ、あのー、二人で持ちましょうか……?」
「そ、そうしてほしい……」
俺とプリシラは鍋の持ち手をそれぞれ片方ずつ握って鍋を持ったのであった。
……情けないぞ、俺。
裏口に出て、鍋の中の雨水を外に捨てる。
鍋の中身が空になって軽くなる。
持ち手を握って手がじんじんと熱くなっていた。
雨水を捨て、スセリとマリアとクラリッサさんのところに戻ってきた俺とプリシラ。
新しく置いた鍋には雨水が溜まりだしている。
このままだと、またすぐに雨水を捨てにいかないと溢れてしまう。
「困りましたわね。これでは常に誰かがここで鍋を見張っていなくてはいけませんわ」
「それなら私が見ておくから大丈夫よ。どうせ客なんて来ないしね」
とクラリッサさんが言う。
「俺も手伝いますよ。宿に泊めてもらっている恩を返させてください」
「このプリシラも、メイドの威信にかけて手伝いますっ」
腕をまくって張り切るプリシラ。
クラリッサさんが困ったふうに笑う。
「あなたたちはお客さんだからいいのよ」
「都合のいいときだけお客さんぶったりはしませんわ。ぜひ手伝わせてくださいまし」
「ほぼタダ飯食らいじゃからな。ワシも手伝うのじゃ」
「みんな……」
「クラリッサ」
クラリッサさんを呼ぶ声。
俺たちの前にヴィットリオさんが現れた。
ヴィットリオさんは外套を羽織っており、手には鉄の箱を持っていた。
「クラリッサ。外に行ってくる」
「まさか屋根を直しにいくの? 危ないわよ」
「このままでは宿が水浸しだ」
そうか。手に持っているのは工具箱か。