3-2
――よいではないか、アッシュ。
『オーレオール』からスセリの声がする。
――マリアと結ばれるのをどうして拒むのじゃ。ルミエール家はランフォード家と肩を並べる大貴族じゃぞ。結婚して婿となれば不自由なく暮らせるじゃろうに。
俺はスセリの声を無視する。
スセリの目的はわかっている。魔術に長けたルミエール家に近づいて、自分の新たな身体にふさわしい人間を見つけるために俺をそそのかしているのだ。
「さっ、差し出がましいですがマリアさま! アッシュさまにお付き合いする意思がないのでしたら、無理強いするのはよろしくないかと」
プリシラがそう言った。
ところがマリアはこう反論した。
「アッシュは恥ずかしがってるだけですわ」
だ、ダメだこれは……。
と、そのとき、馬のいななきがして馬車が急停車した。
激しく揺れ、壁に叩きつけられる俺たち。
「どうしましたの!?」
馬車の外に出ると、街道をふさぐかたちでガラの悪い男たちが立っていた。
全部で五人。
それぞれの手にはナイフが握られている。
野盗だ。
御者はすでに引きずりおろされており、野盗に捕まっていた。
「金目のものをすべて置いていけ。さもなくばこいつの命はないぞ」
「お嬢さま! 助けてください!」
野盗は御者を人質にとってそう要求してきた。
年老いた御者は俺たちに助けを求めている。
「アーサー! あなたたち、アーサーを傷つけたら許しませんわよ!」
「それはお前たちの返答しだいだ」
野党はナイフの刃を御者のアーサーの首元につきつけた。
アーサーが悲鳴を上げる。
「お金なら今お渡ししますわ!」
――アッシュ。おぬしの出番なのじゃ。
魔書『オーレオール』からスセリの声がする。
――魔法で御者を助けるのじゃ。
「助けるって、どうやって……。御者は人質にされてるんだぞ」
もしも魔法で攻撃しようとしたらアーサーまで巻き込んでしまう可能性がある。
よしんば人質を取っている野盗だけを狙えたとしても、逆上した他の仲間がアーサーの命を奪いかねない。
なんせ相手はなりふり構わぬならず者どもなのだから。
さいわいにもマリアなら金はじゅうぶんに持っている。
アーサーの命を第一に考えるなら、おとなしく金を払うのが賢明だ。
――いいから、ワシの言うとおり呪文を唱えるのじゃ。『オーレオール』の継承者がこんなちんけな連中の言いなりになるなど、ワシが許さんのじゃ。
だが、あくまでスセリは戦うつもりであった。
「……わかった。スセリを信じるぞ」
頭の中に呪文が浮かび上がってくる。
俺は『オーレオール』を野盗たちにかざし、呪文を唱えた。
「転移せよ!」
アーサーの足元に魔法円が出現する。
すると、アーサーの姿が忽然と消え失せた。
「なっ、消えた!?」
野盗たちが驚きの声を上げる。
きょろきょろと辺りを見回す。
次の瞬間、アーサーは俺たちの目の前に何の前触れもなく出現した。
――救出成功じゃな。
なるほど、転移魔法か。
……って、転移魔法だって!?
転移魔法は太古に失われた大魔法だぞ!
――驚いたかの。これが『オーレオール』の力じゃ。
この魔書があればそんな魔法すら容易く使えるようになるのか……。
「あなたたち、もう容赦しませんわよ」
マリアが野盗たちに手をかざす。
「炎よ!」
そして呪文を唱えると、その手から火炎弾が発射されて野盗たちの手前に着弾し、爆発を起こした。
腰を抜かす野盗たち。
「おとなしくなさい。少しでも妙な動きをしたら丸焦げにしますわよ」
「縛れ!」
俺が捕縛の呪文を唱え、野盗たちの手足を魔法のヒモで拘束した。
そうして野盗たちはあっけなく捕まったのであった。
それからプリシラとアーサーが街へ戻って衛兵を呼んできて、野盗たちは牢獄まで連れていかれたのだった。