22-4
馬車が錬金術師ノノさんの住む村へと到着した。
さすがに徒歩と比べて圧倒的に速かったし、なにより疲れずに済んだ。
村を竜から救った英雄ということで、無償で宿に泊まれることになった。
「結構早く帰ってきたのねー」
そして今はノノさんの家。
家は相変わらず錬金術の道具で散らかっている。部屋の隅にはホコリが溜まっているし、窓も薄汚れている。天井の隅には蜘蛛の巣が……。
かなり長い間――いや、ヘタをすれば一度たりとも掃除していないのは明らかだった。
メイドとしてこの惨状が許せないのか、家の中に招かれるなり、ついにプリシラは「わたし、お掃除しますねっ」とはりきって家を掃除しだしたのだった。
「相変わらずきったない部屋じゃのう。セヴリーヌの家を思い出したのじゃ」
スセリが眉をひそめる。
「と、とても賑やかな家ですわね……」
「うふふ、そう?」
マリアのかなり苦しい好意的な言葉にノノさんはよろこんでいた。
それでいいのかノノさん……。
部屋は目を覆うありさまだが、ノノさん自身は清潔で、その美貌をちゃんと保っていた。
「アッシュくんがうらやましいわー。こんな献身的なメイドさんがいるなんて」
「そうですね。プリシラは俺のかけがえのない家族です」
「ア、アッシュさま……!」
俺の言葉を聞いたプリシラが頬に両手を添え、感激のあまり涙ぐんだ。
対してマリアはジトっとした目つきで俺をにらんでいる……。
「ではアッシュ。わたくしとプリシラ、どちらがより大切ですの?」
「そ、そういうのは比べるものじゃないだろ……。二人とも同じくらい大切だ」
「言うと思いましたわ」
マリアが失望のため息をついた。
「聞いてくださいまし、ノノさん。アッシュったら、婚約者のわたくしがいながら、他の女の子にも思わせぶりな態度をとりますのよ。婚約者のわたくしがいながら」
「えっ。マリアちゃん、アッシュくんの婚約者だったの!?」
二回も婚約者って言うな!
マリアの話を聞かされたノノさんもジト目になって俺を見てくる。
「アッシュくーん。お姉さん感心しないなー」
「マリアはただの幼馴染です」
俺はあと何回、この訂正をしなくてはならないのだろう。
「アッシュはわたくしに誓いの指輪をくださったのですわよ。それなのに『ただの幼馴染』だなんて言ってますの。ひどいと思いませんこと?」
「アッシュくーん。お姉さん感心しないなー」
「先祖として感心できんのう」
今度はスセリまで乗ってきた。
指輪をあげたのは事実だが、『誓いの』ではないぞ。
「終わりましたーっ」
プリシラが歓喜の声を上げる。
気が付くと、ノノさんの部屋はすっきりきれいに掃除され、整理整頓されていた。
床の壁も窓もピカピカだ。
魔女の隠れ家と表現すべき薄暗い家は、乙女が暮らすのにふさわしい明るい姿に生まれ変わっていた。
プリシラは使命を成し遂げた、誇らしげな顔をしている。
手に持っているモップは、俺には勇者の剣に見えた。
ノノさんが「ありがとーっ」とプリシラに抱きつく。
「わたしもメイドさんを雇おうかしら」
「それがいいと思います」
ノノさんのことだから、俺たちがいなくなったら三日も持たずに散らかしてしまうだろう。
「アスカノフちゃんにやってもらおうかなー」
「あんな巨大な竜、爪の先っぽすら部屋に入らないですよ」
「錬金術の薬で人間の姿にすればいいのよ」
「そんな薬あるんですか?」
「古い本に作りかたが載ってた気がするわ」