22-3
「俺たちも行くか」
家の前には馬車が停まっている。
マリアの家が用意してくれた馬車だ。
最初は巨大なゴーレムのウルカロスがいたから馬車を帰すつもりだったのだが、ウルカロスが主人もろとも先にケルタスへ転移した今、馬車を使えるようになったのであった。
これで以前の半分の日にちでケルタスの街まで行けるだろう。
無事に済めば、だが。
なぜそんな懸念をしているかというと、御者がスセリだからだ。
本来はマリアの家の使用人が御者をしてくれるはずだったのだが、スセリが「ワシがやってやるぞ」と言い出して、代わって御者になったのである。
スセリに馬が操れるのだろうか……。
俺もプリシラもマリアも不安しかなかった。
スセリはニンジンをぶら下げた竿を持って、すでに席に座っていた。
「なあ、まさかそのニンジンで馬を操るつもり――」
「そのとおりなのじゃ」
「……」
「なんて、冗談じゃよ。従属の魔法で馬を操るのじゃ。心配いらん」
スセリはニンジンを馬にかじらせた。
一抹の不安をおぼえながらも俺たちは馬車に乗り込もうとする。
――そのとき、
「アッシュ」
玄関の扉が開いた。
父上がそこにいた。
プリシラとマリアとスセリの視線が俺に注がれる。
俺は馬車から離れ、父上へと近づく。
向かい合う俺と父上。
視線も交わらず、互いに黙りこくっている。
気まずい時間が流れる。
マリアが俺たちのところへ駆け寄ろうとするも、スセリに止められる。
プリシラは心配そうな面持ちで遠くから俺たちを見守っていた。
「アッシュ」
もう一度俺の名を呼ぶ父上。
「すまなかった」
その一言には、17年分の重みがあった。
俺はそんな重い言葉をどう受け止めたらいいかわからず持て余し、なおも沈黙していた。
「お前はもう、二度とこの家に帰ってくるつもりはないだろうから言っておきたかった」
「……」
「お前がいなくなってから、自分がどれほど愚かだったか気づいたのだ」
「父上は愚かなどではありません」
召喚術の名門たるランフォード家を守るため、『出来損ない』を排斥するのはしかたなかったのだ。200年続く家名を守るには犠牲は必要だったのだ。
誰が悪いとかではない。
俺はいつか旅立つ運命だった。
ただ、それだけだ。
「いいや、私は愚かだ。アッシュよ。父親らしいことをなに一つしてやれずすまなかった」
俺はおそるおそる父上と目を合わせる。
父上も俺をまっすぐに見つめていた。
そのまま時間がただただ流れる。
ただ、先ほど比べて気まずさは感じない。
どれだけ時間がたったろう。しばらくしてから俺はこう言った。
「でしたら父上。次に帰ってきたときに、魔法を指南してください」
父上が戸惑いを含んだ驚きの表情を見せる。
俺が不器用な笑みをつくる。
すると、父上もぎこちなくそれに応じてくれた。
「そうしよう」
その会話は、とてもとても、ひそやかな萌芽だった。
俺はプリシラとマリアと共に馬車に乗り込む。
御者を務めるスセリに父上が言う。
「ご初代さま。どうか息子とプリシラをよろしくお願いします」
「うむ。ワシにまかせるのじゃ」
スセリが馬に従属の魔法を唱える。
馬車が走りだす。
蹄鉄が地面を叩く音がする。
窓に映る父上の姿はみるみるうちに小さくなっていく。
屋敷の門から誰かが現れた。
目を凝らすと、それは三人の兄たちだった。
兄たちは父上と並んで俺たちを見送っていた。
馬車は細い道を走る。
車輪が石に乗り上げるたび、上下に揺れる。
帰ってきたときとはうって変わって、今の俺の心は雲一つない空のように晴れやかだった。
マリアが俺の手に自分の手を重ねる。
「アッシュ。よかったですわね」
プリシラもにこにこしている。
「わたしたちの帰る場所、できましたねっ」