21-3
マリアの微笑みに一瞬、心を奪われてしまった。
正気に戻れ、俺。
俺は冷静にマリアにこう言った。
「わかったよ。いっしょに旅をしよう」
「本当ですの!?」
よろこぶマリアに俺は「ただし」と付け加える。
「マリアのご両親が許したらだ。勝手にルミエール家を抜け出して旅をするのは許さないぞ」
「あら、それなら問題ありませんわ」
……へ?
マリアの意外な言葉に俺はあっけにとられる。
「父と母も、アッシュと旅に出るのを許してくださってますもの」
「お、おい……。ウソは言うなよ」
「本当ですわ。なんでしたらルミエール家に直接いらっしゃる?」
到底信じられない。
大事な娘が危険な旅に出るのを許すなんて。
しかも『出来損ない』として知られている俺と共にだぞ。
「アッシュがアークトゥルスの貴族ガルディア家を救った話は周辺の諸侯の耳に入ってますのよ。父と母はアッシュを見直したと言っていましたわ」
にこにこと笑顔のマリア。
俺が自分の両親に認められたのがうれしいのだろう。
「それでわたくし、こう提案しましたの。アッシュと共にアークトゥルス地方へ行き、ガルディア家と親交を深めましょうと」
有力な貴族ガルディア家と俺を通じて懇意になれば、貴族としての地位を盤石なものにできるだろう。マリアの両親が反対する理由は無い。
一通の封筒を取り出すマリア。
ガルディア家充てのルミエール家からの手紙だった。
マリアが勝ち誇った顔をする。
「そういうわけですのでアッシュ。あなたの旅に同行いたしますわよ。アークトゥルス地方へ着いたらガルディア家に案内してくださいまし」
完全に俺の負けだ。
負けを認めてため息をつく俺の手をマリアは握る。
「アッシュ。これからはずっとあなたと共にいますわ」
「ディアとマリアが顔を合わせたらどうなるか、楽しみじゃの」
スセリがニヤニヤしていた。
俺が婚約者と言い張る女性を連れて訪ねてきたら、ディアはどういう反応をするだろうか……。大嵐の予感がする。
俺はもうすでに気が重かった。
「これでもう、プリシラに遅れはとりませんわ」
マリアの目下の敵はプリシラらしかった。
「アッシュ」
マリアが俺の手を自分の胸にあてる。
彼女の豊かな胸のやわらかい感触に俺はどぎまぎする。
「あなたはわたくしのことをなんとも思っていないでしょうけど、わたくしはあなたのことをずっとずっと想っていましたのよ」
そう言って再び微笑む。
「あなたもわたくしももう17歳。大人ではないけれど、子供でもない……。わたくしたちはもう、ただの幼馴染ではいられませんのよ」
マリアは少し力を込め、胸に俺の手を押しつける。
彼女の胸に俺の手が沈む。
「わたくしの胸の中で育ち続けているこの想い、いつか必ず通じると信じていますわ」
「マリア……」
「だから今は、プリシラと仲良くするのを許して差し上げますわ」
「わたしをお呼びになりましたか?」
そのときちょうどプリシラが現れた。
「ベッドの用意ができましたので、どうぞ皆さま、お部屋にお入りください」