20-3
飛び去っていくアスカノフを見ながらスセリが言う。
「ワシやセヴリーヌならばあの竜を殺しておった。村のために倒したとしても、価値のある牙やウロコを戦利品として持ち帰るくらいだったじゃろう。力を示して従えるなど、考えもしなかったのじゃ」
「さすがはアッシュさまですねっ」
「お前、なかなかおせっかいだよな」
その夜、俺たちは村長邸でごちそうを振舞われた。
食事には村の大人たちも同席していた。
村の大人たちは口々に俺たちを褒め称えた。村の英雄だの、竜を従えた勇者だの。なんだか気恥ずかしくて、俺は苦笑するくらいしかできなかった。
それから「どうかウチの娘と結婚してくれ」「我が家の婿になってくれ」とみんなから頼まれてしまい、さすがに困った。大人たちは酒に酔っていたが、どうやら本気らしかった。村長まで「私の孫と結婚してくだされ」と言い出してきて焦った。
ノノさんが俺の首に腕を回して抱きついてくる。
「アッシュくーん。私と結婚しましょーう」
「ノノさん、酔ってますね……」
ノノさんの口からぶどう酒の臭いが漂ってきていた。
だいぶ酔っているらしい。俺に全体重を乗せている。
彼女のやわらかい肌にどぎまぎする。
「ノノさま、少し横になったほうがよろしいかと」
プリシラがノノさんを俺から引きはがし、ソファに寝かせた。
スセリは「うまい酒じゃのう」とぶどう酒を何杯も飲んでいるが、ちっとも酔っていない。
セヴリーヌは酒には興味を示さず、ひたすら料理を食べていた。
そして翌日。俺たちは村を発った。
村総出で俺たちを見送ってくれた。
ちょっと大げさだな。うれしいけど。
見送る人々の中にノノさんもいたが、どうやら二日酔いがひどいらしく、顔が青ざめていた。別れ際まで俺たちを心配させた。
「また会おう。強き者よ」
空からアスカノフが飛んできて俺たちに別れを告げた。
それから半日かけて俺たちはスピカの街にたどり着いた。
ランフォード家の屋敷まであと少し。
「緊張しておるのか。アッシュよ」
スセリが顔を覗き込んでくる。
「……まあ、な」
「おぬしにはなんの落ち度もない。堂々と行けばよいのじゃ」
理屈ではそうだが、感情はそうもいかない。
絶縁した家族に会いにいく。
気が重くならない人間なんているだろうか。
「仲直りをしにいくわけではないのじゃ。最低限のやり取りだけすればよいのじゃ」
「……そうだな」
父上や兄たち……ランフォード家の誰もがそれを望んでいるだろう。
俺を歓迎する者はあの屋敷にはいない。
「アッシュ!」
そのときだった。俺を呼ぶ声がしたのは。
振り返ると、白いワンピースの少女が俺たちの前に立っていた。
「マリア!」
幼馴染のマリア・ルミエールだった。
マリアの後ろには彼女の執事がいる。
マリアは俺のもとへと小走りに駆け寄ると、俺の手を取った。
「マリア。どうしてここに」
「アッシュのお父さまに教えてもらいましたの。アッシュがランフォード家に帰ってくるって。それを聞いてずっとこの街で待ってましたのよ」