20-1
見えざる物体に押しつぶされるように地面に突っ伏したアスカノフは、どうにか立ち上がろうとしているも、起き上がれずにもがき苦しんでいる。
プリシラとノノさんがふしぎそうにしている。
スセリは「ほほう」と感心していた。
「アスカノフの周囲の重力を強めたのじゃな」
「ああ。『オーレオール』を読んで、この魔法を知ったんだ」
「『じゅうりょく』ってなんですか?」
「かんたんに言えば、地面が物を引っ張る力さ」
アスカノフには今、すさまじい重力がかかっている。
たとえ竜であろうと、この世界の法則を用いた力にはかなうまい。
「ワ、ワガハイをなめるなーッ!」
「障壁よ!」
アスカノフは竜としての意地を見せて、発達した後ろ足で地面を蹴り、水平に飛んで俺に突進をかましてきた。
しかし、その一撃も俺の生み出した魔法の障壁に阻まれた。
アスカノフは再び地面に叩きつけられ、身動きを封じられた。
「アスカノフ。お前の負けだ」
「ワガハイが人間ごときに負けるなどありえん……」
「負けを認めないのなら、一生そこで寝ているんだな」
俺はアスカノフに背を向ける。
「ま、待て! 負けだ! ワガハイの負けだ! だからこの身体を元に戻してくれ」
「構わないが、条件がある」
「わかっている。村に供物を要求しないし、この山から去る」
「いいや。お前には山に残ってもらう」
「なに!?」
「アッシュくん!?」
「アッシュさま!?」
俺の言葉に皆が驚いた。
ここでアスカノフを解放したとしても、ヤツはまた別の場所で人間を脅して供物を要求するだけだ。それでは意味がない。
だから俺はこう言ったのだ。
「お前はこの山に残って、村を守る役目につくんだ。今日からお前の主人はこの人だ」
「私!?」
俺はノノさんを指さした。
ノノさんは口をあんぐりと開けて目をしばたたかせている。
「魔物や賊から村を守る役目を果たすのなら、村の人たちもお前をここに住むのを許してくれるだろうし、食べ物もわけてくれるだろう。お前にとって悪い条件じゃないと思うぞ」
「ワ、ワガハイが人間のしもべになるのか……」
沈黙するアスカノフ。
人間のもとで働くのは自尊心が許さないのだろう。
しかし、葛藤は長くは続かなかった。
「……わかった。これからは村の者たちを守護しよう」
その言葉を聞いた俺は再びアスカノフに手をかざす。
重力が元に戻ったアスカノフはようやく立ち上がることができた。
「参った。ワガハイの負けだ。人間よ。そなたの名を聞かせてくれ」
「アッシュだ」
「アッシュよ。これからはなんなりとワガハイに命じるがよい」
「さっきも言ったが、お前の主はこのノノさんだ」
「うむ。ノノよ。我に命じるがよい」
ノノさんは「うーん」と考え込んでから、こう言った。
「それじゃあ、村の人たちにあいさつにいきましょうー」
「承知した」
「それじゃあアスカノフちゃん。私を背中に乗せてちょうだい」
「『ちゃん』……」
アスカノフは身体をかがめる。
ノノさんはその背中にしっぽからよじ登った。