19-6
それにしても竜か……。
当たり前だが、俺は竜を見たことがない。その存在は小説などの物語でしか知らない。いずれの物語でも巨大で凶暴で、人に危害を加える怪物として描かれている。
そして物語の最後では必ず勇者によって退治されるのだが……俺たちはその勇者になれるのだろうか。
「今更なんだがスセリ。俺たちで竜に勝てるのか?」
「魔書『オーレオール』の力があれば、おぬしに敵などおらんのじゃ」
とはいえ――とスセリは続ける。
「魔法を唱える前に炎の息吹を吐かれたら、おぬしは消し炭になるじゃろうがな」
「おいおい……」
「竜と刺し違えて英雄になるか? アッシュよ」
「俺はまだ死にたくない」
肉は好きだが、自分が焼かれるのはゴメンだぞ。
「ということは、先手必勝でいかなくてはいけませんね」
そうプリシラが言う。
アスカノフがいるという山頂までもう少しある。
ここから先は林に身を隠して山を登り、山頂にたどり着いたらアスカノフに不意打ちを仕掛けよう。正々堂々戦う理由なんてないからな。
俺の提案に皆、賛成した。
「アスカノフのお尻にアッシュくんの魔法をどーんとぶつけちゃいましょうー」
――と、そのときであった。急に辺りが薄暗くなったのは。
雲が太陽を遮ったのか。
違った。
頭上を見上げると、俺たちの真上の空を巨大な怪物が飛んでいた。
竜だ。
竜が大翼をはばたかせ、大空を飛んでいたのだ。
逆光でその姿は黒く塗りつぶされている。
竜は長い首をもたげ、地上にいる俺たちを見下ろしている。
「無駄だ。人間どもよ! 貴様らがワガハイを倒しに来ているのはすでに知っている! 山頂から村を一望できるのだ」
「竜がしゃべりました!」
「無知なる半獣よ。最初に言語を獲得したのは竜なのだぞ」
竜は俺たちの上空で滞空している。
「お前がアスカノフか!」
「いかにも。ワガハイがアスカノフだ! グオオオオオッ!」
戦慄をもたらすアスカノフの咆哮。
激しく振動する大気。
肌がしびれる。
林の木々が一斉に震え、鳥たちが飛び立っていった。
ノノさんが杖を構えて一歩前に出る。
「アスカノフ。村の人たちを困らせちゃダメでしょ。私がこらしめてあげるわ」
「このワガハイを成敗するとな。片腹痛いわ」
アスカノフが上昇すると、遮られていた太陽が現れ、俺たちはまぶしくて手で目元を覆った。
「しかしその挑戦、受けて立とう」
「あなたが負けたら山から出ていってもらうわよ」
「よかろう。山頂で待っているぞ」
アスカノフは山頂へと飛び去っていった。
静けさが舞い戻る。
「あれが竜……」
「す、すっごい怖かったです……」
「じゃが、竜を倒すことができれば、おぬしらは竜狩りの英雄として冒険者たちに語り継がれるじゃろう」
「ぜったいに勝ちましょうね、アッシュくんっ」
俺たちの動きが筒抜けだとわかったのに、ノノさんはアスカノフを倒す気満々だった。