17-5
翌朝。
目を覚ました俺は顔を洗いに庭へ行く。
すると井戸の前にプリシラがいた。
「おはようございます、アッシュさまっ」
プリシラがにっこりと笑顔で挨拶する。
朝日のようにまぶしい笑顔。
この笑顔に救われたんだったな。
俺は昨夜見た夢を思い出した。
「見てください、アッシュさま。きれいな花が咲いていますよ」
庭のすみに小さな花が咲いていた。
花壇に植えられているわけでもない、地面から生えるその花は、白い花弁を朝露にぬらしていた。
俺とプリシラは並んで屈み、花を見つめる。
「かわいい花ですねっ」
「でもこの花、ひとりぼっちだな」
「確かにそうですね。ちょっとかわいそうかもしれません」
庭を見渡す。
するとちょうどいいことに、花壇のそばに、じょうろと一緒にスコップが置いてあった。
俺はそれを使って花の周りを掘って、花を根ごと掘り起こした。
そして庭の花壇に花を移し替えた。
クラリッサさんの趣味だろうか。赤や青、黄色といった賑やかな花壇に小さな白い花が仲間に加わった。
「これでさみしくないな」
「お優しいですね。アッシュさま」
プリシラがうれしそうに微笑む。
「……プリシラ。おぼえているか?」
「なにをですか?」
「俺がプリシラにキャンディをあげたときのこと」
するとプリシラはちょっと驚き、それから「もちろんですっ」と元気よくうなずいた。
そして腰のポーチを開けてなにかを取り出す。
「わたし、ずっと大切に持ってますよ」
彼女の手のひらにあるのはキャンディの包み紙だった。
「わたしの宝物です」
本当にプリシラはけなげで、純真無垢な少女だ。
そんな彼女に慕われていることがとてもしあわせなことだと、心から実感した。
「『あのとき』にわたし、決めたんです。なにがあってもアッシュさまについていこう、って」
「プリシラ……」
「ごめいわく、でしたか……?」
上目づかいでおずおずと俺を見る。
俺は「そんなわけないだろ」と首を横に振った。
「よかった……」
プリシラは胸に手をあてる。
「ずっとずっと、アッシュさまのおそばにいさせてくださいねっ」
この世界は広い。
俺という束縛がある限り、プリシラは本当の居場所を見つけられないかもしれない。
メイド以外の生きる道を……。
それでも俺は身勝手かもしれないが、ずっと彼女といたいと、この笑顔に応えてやりたいと思った。
「お前たち、早いな」
庭にヴィットリオさんがやってきた。
「はようございます。ヴィットリオさん」
「おはようございますっ」
「ああ。おはよう」
いつもの無表情でそっけないあいさつをしたヴィットリオさんは、井戸の水をくんでじょうろに入れた。
そしてじょうろの水を花壇にまきだした。
「も、もしかして、この花壇って……」
「俺の花壇だが」
い、意外だ……。
てっきりクラリッサさんの花壇とばかり思っていた。
「花はいい。見る者の心をいやしてくれる」
ヴィットリオさんが笑った!?
口の端をちょっと上げただけだが、ヴィットリオさんが感情を顔に出したことに俺もプリシラも驚きを隠せなかった。
「クラリッサには野菜を植えろと言われたがな……」
ヴィットリオさんはちょっと残念そうな表情をしていた。