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17-4

「待ってろ」


 ヴィットリオさんは席を立ち、厨房に行く。

 スセリが「呆れた奴じゃ」と肩をすくめる。


「アッシュからぶんどっただけでも足りんのか」

「ぜんぜん足りないぞ」

「ふふっ。子供はいっぱい食べて大きくならなきゃね」

「子供じゃないっ」


 しかし、セヴリーヌのおかげで、またなごやかな雰囲気に戻った。

 厨房から肉を焼く音が聞こえてくる。

 食欲をそそる音だ。

 炒めた玉ねぎのかおりも食欲を刺激する。

 このハンバーグがクラリッサさんを射止めたんだな。


「不器用でそっけないけど、私にはもったいくらいの旦那よ」


 クラリッサさんがそうつぶやき、しあわせそうに微笑んだ。

 それから俺たちは満腹になるまでヴィットリオさんのハンバーグを食べ、就寝したのだった。



 その夜、俺は夢を見た。

 プリシラと初めて出会ったときの記憶の再現だった。

 それは三年ほど前。

 俺が屋敷の廊下を歩いているとき、獣耳を生やしたメイド服の少女がせっせと床を拭いているのに気付いた。


 他のメイドたちと比べて彼女はとても幼かった。

 学校に通うほどの年齢の少女が屋敷で働いていることに俺は少しだけ驚いた。その頃の俺は14歳で、そうしなければ生きていけないくらい貧しい人がいることくらいは知っていた。ただ、それを目の当たりにしたのは初めてだった。


「す、すみませんっ」


 俺に気付いた少女が廊下の隅にどく。

 半獣の少女は怯えたようすで固まっていた。俺から視線をそらし、床をじっと見ていた。


 怯えさせるつもりはなかったんだがな……。

 そう思った俺は、ポケットに入っていたキャンディを彼女に差し出した。


 最初はそれがなにを意味しているのかわからず、半獣の少女は「えっ?」と首をかしげていた。

 俺が「キャンディ。あげる」と言うと、彼女はおずおずと手を伸ばし、キャンディを手に取った。

 彼女の手が俺の手に触れたとき、やけにくすぐったく感じ、恥ずかしくなった俺は足早にその場から去ってしまった。


 翌日、獣耳の少女は窓を拭いていた。

 彼女は小さい身体でいっしょうけんめい仕事をしている。俺に気づいていない。

 そのまま通り過ぎようとしてたとき、


「あっ」


 と彼女が気づき、俺のほうへ小走りに駆け寄ってきた。

 俺は立ち止まり、そっと振り返る。


「あのっ。キャンディ、ありがとうございますっ」


 彼女はうれしそうに笑っていた。

 だから俺はこう切り出せた。


「俺は……、俺はアッシュ。キミの名前を聞かせてほしい」

「わたしはプリシラと申しますっ」


 スカートの裾をちょんと持ち上げて、プリシラはあいさつした。


 その日から俺とプリシラの交流は始まった。

 メイドと雇い主が私語を交わすのは禁じられているが、当時から屋敷に人間たちから『出来損ない』扱いされていた俺と、元奴隷だった半獣のプリシラが話すのを気に留める者はいなかった。俺たちにとってそれは好都合だった。

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