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「それにしても、ヴィットリオの一番得意な料理がハンバーグとはね」
「どういうことですか? クラリッサさん」
「ヴィットリオが私にプロポーズするときに作ってくれた料理がハンバーグだったのよ」
それを聞いたプリシラが「きゃーっ」と黄色い声を上げる。
スセリも「ほほう」とニヤリとしていた。
セヴリーヌは……特に興味はないようす。早くハンバーグを食わせろと言いたげな顔だ。
思いもよらぬところでクラリッサさんとヴィットリオさんの話を聞けてしまった。
「とっとと食べろ」
恥ずかしくなったのだろう。ヴィットリオさんは俺たちに背を向ける。
しかし、逃げ出そうとする彼の腕をプリシラつかんだ
「聞かせてくださいっ。クラリッサさんとヴィットリオさんの馴れ初めをっ」
「くだらんことをしゃべるつもりはない」
「いいじゃないヴィットリオ。聞かせてあげましょ」
「……勝手にしろ」
それから俺たちはハンバーグを食べながら、クラリッサさんとヴィットリオさんの恋物語を聞いたのであった。
ハンバーグは期待を裏切らない出来だった。
ナイフで真ん中から切ると、熱々の肉汁がたっぷりと溢れてきた。
一口大に切ったそれをソースにからめて口に入れると、やわらかな肉がほろりと崩れ、ソースの甘酸っぱい味わいと肉の味が口いっぱいに広がって、極上の幸福感をもたらした。
「クラリッサさんとヴィットリオさん。幼馴染だったんですねっ」
「そうよ。ヴィットリオは昔から料理が上手でね。私にいつもおいしい手料理を振舞ってくれたのよ」
「うまいぞ、このハンバーグ!」
セヴリーヌは恋愛にはまるで興味を示さず、ハンバーグに夢中だった。
「お前、食べないならアタシによこせ」
そう言って俺の皿にあった半分ほどのハンバーグをフォークで突き刺して奪う。
いや、食べてる途中だったんだが……。
抗議する暇もなく、セヴリーヌはそれを一口で平らげてしまった。
口のまわりがソースまみれだ……。
「俺もクラリッサも東区の貧しい家の生まれだった。日々、食べることでせいいっぱいだった。そういう暮らしで、少しでもうまいものを食べられるよう、工夫していくうちに料理人を目指すようになった」
「苦労されたのですね。ヴィットリオさまもクラリッサさまも」
「そういうお前も半獣だろう。苦労は俺たちの比ではないはず」
「……はい」
うつむくプリシラ。
プリシラはランフォード家にメイドとして仕える前は奴隷の身だった。俺の父が奴隷商から買い、ランフォード家で住み込みで働かせてようになったのだ。
奴隷だったころはどんな生活を送ってきたのか、聞いたことはない。
ただ、彼女にとって決して良い記憶ではないはず。
だからあえて聞こうとはしなかったのだ。
俺に尽くしてくれる彼女の、唯一の禁忌だった。
気まずい空気が流れる。
余計なことを言ってしまった、というふうにヴィットリオさんは頭をかく。クラリッサさんも肘で彼の脇腹をこづいた。
「おーい。ハンバーグおかわり欲しいぞ」
そんな空気をまるで読まず、セヴリーヌが要求してきた。