17-1
馬車は大都市ケルタスへと到着した。
夕暮れ。人々が家路につく時刻。
セヴリーヌに会うのは明日にして、俺とプリシラとスセリは『夏のクジラ亭』へと帰ることにしたのであった。
「おかえりっ。心配してたんだからね!」
ロビーに入るや、カウンターの前に立っていたおかみのクラリッサさんが俺たちのほうまで駆け寄ってきた。
そしてスセリを力いっぱい抱擁した。
「な、なぜワシを抱きしめるのじゃー!」
スセリはクラリッサさんの腕の中でじたばたともがいていた。
クラリッサさんの気が済むまで彼女は抱きしめられていた。
抱擁から解放されたスセリは新鮮な空気を求めてぜえぜえと激しく息をしていた。
「ただいま――って言えばいいのかな?」
「もちろんよ」
クラリッサさんがウィンクする。
「やるべきことは済んだの?」
「はい。半分くらいは」
「ならよしっ。それで……ディアちゃんは?」
「ディアは自分の居場所を取り戻しました」
「……そう。それはよかったわ」
そう言いつつも、クラリッサさんはどこかさみしげだった。
「別れのあいさつができればよかったんだけどね」
「また来ると思いますよ。ここの料理は世界で一番おいしいですから」
「その言葉、旦那にも言ってあげてちょうだい」
それからクラリッサさんは俺たちの背中を押して食堂まで連れていった。
食堂ではクラリッサさんの夫で料理人のヴィットリオさんがテーブルを拭いていることろだった。
手を止め顔を上げて俺たちを見る。
「帰ってきたか」
そう一言だけ言って、ヴィットリオさんは再びテーブルを拭きだした。
そっけない態度。
それがヴィットリオさんらしい。
「ヴィットリオもよろこんでいるみたいね」
「わかるのですか? クラリッサさまには」
「わかるわよ。ダテに十何年も夫婦やってないもの」
ヴィットリオさんが立ち位置を変えて俺たちに背を向けた。
恥ずかしがっている……のか?
「それよりもヴィットリオ。この子たちにご飯をつくってあげてちょうだい」
「わかっている」
「あっ、テーブル拭きはわたしにおまかせくださいっ」
テーブル拭きの仕事をプリシラに託したヴィットリオさん。
「なにが食べたい」
「おいしい料理をお願いします」
「……おれはまずい料理などつくらない」
す、すごい自信だ……。
「それじゃあ、ヴィットリオさんの一番得意な料理で」
「わかった。座って待っていろ」
ヴィットリオさんは厨房に入っていった。
席に着く俺とプリシラとスセリ。
空いたもう一つの席にクラリッサさんも腰を下ろす。
「あなたたち、どんな冒険をしてきたの? 聞かせてちょうだい」
俺たちはガルディア家での出来事をクラリッサさんに話して聞かせた。
ガルディア家を乗っ取ろうと企むクロノスとの対峙。
牢屋に捕まったこと。
俺の召喚術で危機を脱し、クロノスを倒したこと。
ガルディア家の次期当主がディアになったこと。
「処刑されそうになったんなんて……。そんな危険なことをあなたたちはしなくちゃならなかったのね。まだ子供なのに」
クラリッサさんは心底心配そうな顔をしていた。
「もう、そんな危ないことしちゃダメよ」
「はい」
安易に返事をしてしまったが、おそらく俺たちはこれからも危険に身を投じることになるだろう。
万能の魔書『オーレオール』の継承者の宿命として。