16-6
馬車が針葉樹林を抜ける。
まぶしい日差しが差し込んでくる。
右手には心がすっきりするほどの白い砂浜と青い海。
左手には延々と続くゆるやかな丘陵。
「なあ、プリシラ」
「なんでしょうか? アッシュさま」
窓の外の海を楽しそうに眺めていたプリシラが俺のほうを振り返る。
「ガルディア家で働こうとは思わないか?」
それがそう尋ねると、プリシラは「ええっ!?」と驚いた。
「ま、ままままさか、アッシュさま、本当にディアさまと結婚するおつもりなのですか!」
「ち、違うって。ただ――」
「ただ……?」
「ディアはきっといい領主になる。そんな彼女の住む屋敷で働くことになれば、プリシラもランフォード家にいたころ以上の暮らしができるようになると思う。少なくとも、俺と冒険者として生きていくよりも」
ぽかんとするプリシラ。
ネジの切れた人形みたいに止まっている。
そんな彼女の目に、涙が浮かんだ。
「プ、プリシラ!?」
「わたしはもう、いらないということですか……?」
涙ぐむプリシラ。
ぐすっと鼻をすする。
「そうじゃない。俺はただ、プリシラの生活のことを思って提案しただけだ」
「わたしは!」
プリシラが目をつむって声を上げる。
大粒の涙がはじける。
「わたしはアッシュさまのおそばにいるのが一番ですーっ」
そう言ってくれると思った。
だから、俺はプリシラのことが心配だったのだ。
俺のそばから離れないと、彼女はいつまでたってもランフォード家のメイドでしかない。
プリシラには知ってほしかったのだ。俺と共にいる以外の選択肢も。
12歳の少女が誰か一人に仕えるという選択をするには早すぎる。
ただ、泣きじゃくる彼女にそこまでは言えなかった。
だから俺は彼女が望む行為――頭をなでることしかできなかった。
俺がそうすると、プリシラはどうにか泣き止んでくれた。
「ありがとうプリシラ。そこまで俺のことを慕ってくれて」
「わたしはこれからもアッシュさまといっしょですっ」
にこにこと笑顔になるプリシラ。
スセリは呆れたようすで肩をすくめていた。
「あ、あの、アッシュさま。アッシュさまにお尋ねしたいことがあるのですが」
おずおずとプリシラがそう言う。
「アッシュさまが好意を寄せていらっしゃるのは、ディアさまですか? マリアさまですか?」
「どっちも違うさ」
「で、ではまさか――スセリさま!?」
「スセリは俺のご先祖さまだぞ!?」
「のじゃじゃじゃじゃっ」
スセリが腹を抱えて大笑いした。
「俺は今のところ、誰にも恋愛感情は抱いてない」
「そ、そうですか」
プリシラはほっと胸をなでおろした。