2-3
プリシラが俺とマリアの間に割って入る。
「アッシュさまはその、わたしと……」
「安心してくださいまし。あなたも我がルミエール家でメイドとして雇ってさしあげますわ」
「う、ううー。そうじゃなくて……」
これは誤解を正さなくちゃな……。
俺はいったん深呼吸してから彼女の名前を口にする。
「マリア」
「はい?」
「はっきり言うぞ。俺はお前と結婚する気はない。指輪を渡したのは……、た、単なる子供の頃のきまぐれだ。それ以上の意図はない」
「なっ!?」
「俺はプリシラと共に冒険者として生きていくつもりだ。少なくとも、しばらくの間はな」
出来損ない。
俺がそう呼ばれているのはルミエール家の人間も知っている。
どういうわけかマリアだけはそういう偏見を持っておらず俺に好意を寄せてくれているが、他の家族は俺を歓迎してはくれないだろう。
ランフォード家と同様に、ルミエール家も数々の宮廷魔導士を輩出してきた名門だ。そこに『出来損ない』が入る余地はない。
よしんば魔書『オーレオール』に選ばれた者として歓迎されたとしても、俺はかつて蔑んできた者たちの一族に加わる気にはとてもじゃないがなれない。
俺がランフォード家に戻るのを拒否したのも同様の理由だ。
俺はプリシラと共にいたい。
彼女は奴隷として売られているところを父上に買われ、メイドとなった身。
そんな過酷な境遇に置かれていながらも、彼女はけなげで、いつもいっしょうけんめいだ。
彼女が俺を好いてくれるなら、それに応えてやりたい。
「わたくしよりこの子を選びますの? わたくしだってアッシュを慕っていますのに」
「マリア。気持ちはうれしいが……」
「わかりましたわっ」
なにかを思いついたのかマリアが得意げな笑みを見せる。
「わたくしも冒険者になって、お二人についていきますわ」
「ばっ、バカなこと言うな!」
「わたくし、本気ですわよ」
とんでもない事態になった。
追放された俺はともかく、名門貴族のご令嬢を冒険者にさせるわけにはいかない。
「わたくし、プリシラには負けませんことよ」
「はわわわ……」
プリシラは動揺している。
マリアはさっそく受付のところまで行こうとする。
俺は彼女の腕をつかんでそれを阻止した。
「俺とプリシラはマリアが思っているような関係じゃない。だから早まるな」
そのとき、彼女の迎えの執事がやってきた。
「マリアさま。そろそろお戻りにならねばならない時間です」
「それどころではありませんの!」
「お父上とのお約束ですよ」
執事は侮蔑のまなざしを俺に向けている。
やはり俺には近づけたくないらしい。
「……アッシュ」
とはいえ、よかった。
これでどうにかこの場は収まりそうだ。
「わたくし、諦めませんわよ。プリシラ」
「はわわわわわわ……」
マリアは執事に連れられてギルドから出ていった。
それから冒険者の手続きが済んだ俺とプリシラは正式に冒険者となった。
冒険者の特典として、格安で宿屋を利用できるようになった。
俺たちはさっそく宿屋へ行き、部屋を借りた。
……が、しかし。
「わ、わたしは野宿で結構ですっ」
今さらになってプリシラが遠慮してくる。
「そんなのダメに決まってるだろ。二人分の部屋を借りて泊まるぞ」
「ですが……」
「プリシラ。お前はもう、メイドじゃないんだ。俺に遠慮しなくていいんだぞ」
「いえ、わたくしはアッシュさまのメイドですっ。お屋敷から出てもメイドの心までは失っていませんっ」
「へ?」
「アッシュさまに尽くすことがわたくしの生きがいなのですっ。これからはアッシュさまがわたしのご主人さまです。マリアさまには負けませんっ」
意志を固くしてプリシラは言った。
ぴんっ、と獣耳が立っているのはその証だろうか。
なんだかややこしいことになったな……。