15-1
嘘だな。
この場にいる誰もが思っただろう。
クロノスは不愉快な笑みをなおも浮かべている。
クロノスの背後にはナイトホークが無言でたたずんでいる。
指先一つ動かさず、鋭利な眼だけを話し手に移している。
クロノスよりもこの男のほうから危険な予感が漂ってきていた。
何者なんだ。この男は……。
「さあ、クローディア姉さん。いい加減答えてよ。姉さんの出すべき答えはただ一つだと僕は思うんだけどね」
「……そうですね」
静かに目を伏せるディア。
クロノスが勝ち誇った表情をする。
そしてディアは見開いた目でクロノスをにらみつけ、こう言い放った。
「セオソフィーもフィロソフィーもあなたには渡しません。むろん、家督もわたくしが継ぎます」
「なっ、なにいっ!?」
思いもよらぬ答えだったのだろう。クロノスは仰天した。
それとは対照的にディアは冷静な口調でこう続けた。
「家督はもとより第一位候補者であるわたくしが継ぐと決まっていました。お父さまもわたくしにガルディア家を継がせるおつもりです。よってクロノス。あなたに譲歩する理由はありません」
忌々しげに歯ぎしりするクロノス。
自分の思い通りに事が運ばなくなったせいだろう。いらだちと憤りで顔を醜くゆがませている。
シワができるほどテーブルクロスを握りしめている。
それでもわずかに残っていたらしい理性で感情を制御し、こう声をしぼり出した。
「つまり、姉さんは僕と血なまぐさい家督争いを望むということだね……?」
「クロノス。あなたがあくまでもわたくしと争うというのであれば、わたくしは真っ向から受けて立ちましょう」
「ぐっ……! ナメやがって!」
ドンッ。
テーブルを勢いよくついて立ち上がるクロノス。
そして背後のナイトホークに指示する。
「ナイトホーク! こいつらを捕らえろ!」
俺とプリシラも立ち上がる。
「ディア! あとは俺たちに任せろ。下がれ!」
「お願いします!」
ディアが俺たちの後ろに隠れる。
俺は魔書『オーレオール』を、プリシラは最大まで伸ばしたロッドを構える。
スセリは武器を持たず、俺たちと並んでいる。
「僕に歯向かったこと、後悔させてやるからな」
クロノスがナイトホークの背後にまわる。
俺とプリシラとスセリ。
ナイトホーク。
両者は白いクロスの敷かれたテーブルを挟んで対峙する。
「雷よ!」
俺が魔法を唱えた。
かざした手から幾重にも折れ曲がりながら電撃が走り、ナイトホークを襲う。
ナイトホークは腕で顔をかばい、電撃魔法を防御した。
黒焦げとはいかなくても、感電するくらいの威力はあるはずだ。
しかし、ナイトホークはまったくの無傷。
「ナイトホークが着ているローブ。魔法遮断の力が付与されておるようじゃな」