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「マリア!」
俺の名を呼ぶ少女は、幼馴染のマリアだった。
ランフォード家と肩を並べる名門ルミエール家の美しき令嬢、マリア・ルミエール。
彼女は冒険者ギルドという泥臭い場所にはおよそ似つかわしくない、白いワンピースを着ていた。おまけに大きな声で俺の名前を叫んだせいで、否応にも注目を集めてしまった。
マリアは大股でずんずん近づいてくる。
そして俺と鼻と鼻が触れ合うほどの距離まで密着してきた。
キッ、とにらまれる。
「アッシュ、聞きましたわよ。ランフォード家を出たのですわね」
「ああ」
「『ああ』じゃありませんことよ! どうしてそんなおバカなマネをしましたの!?」
「俺は出ていったんじゃない。追い出されたんだ」
出来損ないとして追放されたのだ。
おまけに暗殺までされかけた。実の兄弟と親にだ。
それは俺という存在がランフォード家にとって汚点であることのなによりの証だった。
「マリアも知っているだろ。俺があの家では疎んじられていたのを」
「それは……」
眉をひそめて言い淀むマリア。
「で、でも、家を出てこれからどうするつもりですの?」
「冒険者として生活するんだ。彼女と共に」
「お久しぶりでございます、マリアさま」
お辞儀するプリシラ。
ただ、マリアのほうはメイドの一人のことなど覚えていなかったらしく、「ごきげんよう。……失礼ですが、どなたでしたっけ?」と尋ねてきた。
「ランフォード家で働いてたメイドだよ。俺と共についてきてくれることになったんだ」
「!?」
するとマリアが大きく目を見開く。
「ちょっ!? それってあなたたち、どういう関係ですの!? 詳しく聞かせてくださいまし!」
「詳しく、って言われても、雇い主の息子とメイドの関係だろ」
もっとも、家を追い出された今となってはそういう関係ですらなくなったが。
マリアは視線を俺から再びプリシラに移す。
ぴしっ、と彼女を指さして言う。
「プリシラと言いましたわね。わたくし、アッシュとは婚約者の関係にありますの」
「ええっ!?」
「なんだって!?」
俺とプリシラが同時に驚く。
婚約って……。そんなの俺、初めて知ったぞ!?
驚愕する俺をよそに、マリアは得意げな顔をしている。
豊満な胸を張って。
「お、おい、マリア。俺は婚約者になった覚えはないんだが……」
「あら、妙なことをおっしゃいますわね。あなた、わたくしに誓いの指輪をくださったじゃありませんこと」
マリアが手袋を脱いで左手を見せてくる。
その薬指には銀の指輪がはめられていた。
マリアは「ドヤァ」って顔をしているが、こんなもの俺は贈った記憶なんてないぞ……。
「あなたが召喚術で召喚した指輪ですわよ」
思い出した!
確かに俺が召喚した指輪で、マリアにあげたのだ。
「っていうかそれ、子供の頃の話だろ!?」
10年近く前の話だぞ、これ。
まさかそんな昔にあげた指輪を今も大事にとっているなんて……。
「子供の頃の約束、わたくし、ずっと覚えてましたの。昔は大きさが合わなくて指にはめられませんでしたけど、今はこのように、しっかりとわたくしの指に入っておりますのよ」
愛しげに頬を染め、しおらしい表情をするマリア。
そして俺の手を取る。
「さあ、わたくしの屋敷にいきましょう。そこがアッシュの新たな居場所ですわ」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
人物紹介
【マリア】
アッシュの幼馴染。
ルミエール家のご令嬢。