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1/836

1-1

 深い森に囲まれた、大きな屋敷。

 その中庭。


 俺は魔術書を片手に呪文を詠唱する。

 頭の中で思い描く――獣の姿を。


「来たれ!」

「来たれ!」

「来たれ!」


 三人の兄たちが呪文を唱えると、彼らのそばに魔法円が浮かび上がり、そこからオオカミが出現した。

 兄たちは『召喚術』に成功した。

 それに対して俺はというと……。


「来たれ!」


 呪文を唱える。

 すると、俺の頭上に魔法円が浮かび上がり、そこから鉄の鍋が降ってきた。

 ゴンッ。


 鍋が落下し、俺の頭にぶつかる。

 大笑いする兄たち。


 不愉快な嘲笑。

 息子たちの召喚するようすを見ていた父上は、俺の召喚失敗を目の当たりにして心底失望した表情を浮かべていた。


「息子たちよ。今からお前たちが呼び出した召喚獣を戦わせ、強さを競うが」

「父上。アッシュに鍋で戦わせるおつもりですか?」


 兄の一人の言葉に他の兄たちはまた大笑いした。


「アッシュはどうやら料理をしたいらしいですね、父上」

「……」


 父上はいら立ちを含んだまなざしで俺を見る。

 そして冷たく言った。


「アッシュ。お前はもう下がれ」

「ですが、父上」

「下がれ」


 語気が強くなり、俺はたじろぐ。


「我がランフォード家は代々王家に仕える召喚術師の家系。基礎中の基礎であるオオカミの召喚すらまともにできないなど一族の恥だ」


 そう言われてはもはや俺はこの場にいられなかった。

 あざ笑う兄たちと失望する父上に背を向け、俺は中庭を後にした。


「やはり『出来損ない』だな」


 そんな言葉が聞こえた。



 厨房を訪れる。

 厨房では一人のメイドが料理の仕込みをしている最中だった。


「あっ、アッシュさま。なにかご用ですか?」


 メイドが顔を上げた。

 頭の頂点から生える二つの獣耳がぴょこぴょことかわいらしく動く。


 この子はランフォード家で働くメイドのプリシラ。獣の血が流れる半獣の少女。

 歳は確か俺より5つ下だと言っていたから12歳のはず。まだ幼いのによく働く、けなげでいじらしい女の子だ。


「これ、いるか?」


 俺は先ほど召喚した鍋をプリシラに見せる。


「わぁ、ステキなお鍋ですっ」


 プリシラの顔に花が咲いた。

 俺から鍋を受け取ったプリシラは「ありがとうございますっ」とはにかむ。


「このお鍋、『また』アッシュさまが召喚されたんですね」


 本人に悪気はないのだろうが『また』の一言が俺の胸に突き刺さった。

 そうだ。俺は『また』召喚術を失敗したんだ……。

 プリシラはその失敗で呼び出された鍋を大事そうに抱きしめる。


「アッシュさまのおかげで厨房にいろんな調理器具がそろっていきます。アッシュさまはわたしたちメイドのことを考えてくださっているんですね」

「まあ、な。ははは……」


 乾いた笑いしか出なかった。

 それからため息をつく。


 プリシラはまだ12歳だから気づいていないのだ。俺が一族から疎まれていることを。

 俺にはランフォード家の血が流れている。一応のところ。

 父上の妾である俺の母は平民の生まれ。だから『一応』なのだ。


 そのため俺は貴族の母を持つ兄たちに見下されている。

 見下されている理由はそれだけではない。

 俺はランフォード家が扱える召喚術を、17歳になった今でもロクに使いこなせていないのだ。


 召喚できるものは『金属』のみ。

 召喚術の基礎はオオカミの召喚だが、俺はなぜかいつも鍋やらフライパンやら、スプーンやらフォークやら召喚してしまうのだ。

 剣や槍を召喚しても、チーズすら切れない役立たず。


 オオカミはランフォード家の紋章にも描かれている、一族と縁の深い獣。

 それを召喚できないのが、俺がランフォード家にふさわしくないと暗に言われている気がした。

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