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9.夢

今日の晩御飯はピーマンの肉詰めとタマネギの味噌汁にしよう。そう思って清一くんは買い物に出かけることにしました。玄関で靴を履いていると研究室からお父さんが顔を出し、

「お、買い物ならエメトに行かせろよ」

 と言いました。先ほどからお父さんと一緒に研究室でなにやらデータ取りをやっていたらしいエメトが、黙ったまま部屋から出て来て清一くんを見つめています。

「そんなこと出来るのか?」

「はい。できます」

 エメトが自信ありげに(いや、実際は全くの無表情でしたが)即答するので、清一くんはとりあえず任せてみることにしました。

 必要なものを教えてお金を持たせると、十五分後にはピーマン・タマネギ・豚肉・卵の入った買い物袋を提げたエメトが無事に帰ってきました。エメトは無事でしたが、卵のパックを袋の一番底に入れて来たものだから、十個の卵のうち三つが無事ではなくなっていました。

「ダメじゃねーか!」

 思わず怒鳴る清一くんを、お父さんがたしなめます。

「おいおい、怒ってどうするんだ。こういうときは一個ずつ教えてやるんだよ。いいかエメト、卵は壊さずに持ち帰らないといけないんだ。そのためには、卵の上に重いものを重ねないように袋に詰めるんだよ」

「はい」

 清一くんは卵の汁でドロドロになった袋を見ながら、こんな調子じゃあやっぱりエメトが人間らしくなるのは百年後だろうと思いました。同時に、二度とエメトに買い物を任せるまいと心に誓ったのです。

 とりあえず、無事な卵を使って晩御飯を作ることにしました。広い家でほぼ一人暮らしをして長い清一くん、家事全般はお手の物。包丁さばきも鮮やかにピーマンを半分、タマネギをみじん切りにして、ひき肉・タマネギ・卵・塩・コショウを良く混ぜ――(中略)――あっという間に二人分のピーマンの肉詰めとお味噌汁が完成しました。

 料理は美味しく出来たのですが、調理中ずっと黙ってこちらを観察してくるエメトの存在が気になってしょうがありませんでした。何度か「あっちへ行け」と言ったのですが、お父さんが「いいから見せてやれ、何事も経験だ」と言うので結局ずっと視線に耐えながら作業をしなくてはならなかったのです。

 さらに悪いことに、エメトは料理を食べるときもじっとその様子を観察してきました。自分は何も食べないのに、清一くんとお父さんと一緒に食卓につき、無表情のまま黙ってじろじろ眺めてくるのです。もちろん食べた気なんかしません。これからも当分こんな生活が続くかと思うと清一くんはげんなりしてしまいます。

 夜になると、エメトはお風呂に入りました。エメトは人間のように皮膚に老廃物が溜まるようなことはありませんが、それでも汚れるものは汚れます。

 お父さんが風呂に入れと一言命令するだけで、エメトはちゃんと自分で服を脱いで身体を洗って新しい服に着替えるまでの工程を何も間違わずにやり遂げました。初めて使う風呂場でも何をどうすればいいかは理解できたようです。

 多分、毎日行う作業なのでこれまでにかなり経験を積んでいるのでしょう。ただ、ここまで出来るようになるまでにお風呂でやる作業を手取り足取り教えてきたのはお父さん以外の人であって欲しいと清一くんは切に祈りました。

 お風呂上りに、パジャマに着替えて頭から湯気を立ち上らせているエメトの姿を見ると、清一くんはウッと思いました。見た目には全く年頃の少女のように見えます。その姿でリビングルームの椅子に黙って座っているのを見ると、何か話し掛けなければならないような気持ちになってきましたが、駄目だ、アレは機械なんだと自分に言い聞かせて、自室に逃げることにしました。

エメトは高月家に三つある客間の一つを与えられ、そこで寝ることになりました。口の中のプラグ差込口とコンセントを専用のコードで繋ぎ、バッテリーを充電しながら、人間と同じように布団を被って横になります。エメトの内部の機械類も定期的に休ませなければ疲労しますから、休みは必要です。布団は被らなくても風邪なんか引きませんが、人間の真似をするために産まれたエメトですから、それも必要なことなのです。

 休眠していると、エメトは夢を見ます。それは人間が夜に見る夢とは少し違うかもしれません。一日の終わりに記憶領域から学校で体験した様々な出来事やクラスメイト達の会話を引き出し、情報を整理するのです。データの重要度を判断して、無駄な情報は圧縮したり消去したりして、コンピューターの状態を最適化します。

 また、入手した情報をもとに、様々なシミュレーションを行います。どういう時にどう行動するのが人間らしいのか。どのような感情がどのような表情や行動に繋がるのか。エメトがより人間的になるためにはどう振る舞えばよいのか。

 こういう時、エメトは夢を見ていると言えます。見果てることの無い〈人間〉という夢です。その夢を実現するために自分が生み出されたことを、エメトは理解していました。


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