6.西口さんと仁名村さん
「……気に入らないわね」
エメトを中心にしたおしくら饅頭の様子を遠くに眺めながら、ちょっと目のツリ上がった女の子が独り言のように呟きました。彼女の名前は仁名村七瀬。それに対して「ん、何?」と返事をしたのは、すぐ隣に立っていた、長いウェーブヘアに青みがかった目をした子。名前は西口ジェルメーヌ楓、フランス人とのハーフです。
「あの転校生! すました顔しやがって、あいつの顔見た? あれ絶対整形よ」
仁名村さんは鼻息も荒く人だかりの中心あたりを睨みます。
「別にいいじゃないの、整形だって」
技術が進歩して、最近では整形手術もすっかり安く安全に受けられるようになりました。ちょっと顔の形を変えるぐらいならピアスホールを空けるような感覚で簡単にできます。整形して美人になったからってそれは本当の美人じゃない、なんて考える人は今ではもうごく少数しかいないようです。なので西口さんは呆れていましたが、仁名村さんはそんなことは意にも介さず、エメトの居るあたりに悪意の視線を飛ばすのに夢中の様子。
「とにかく気に食わないのよ! あの顔っつーか、雰囲気っつーか」
憤慨する仁名村さんを西口さんは気楽に笑い飛ばします。
「要約すると、ナナセは高月くんがアイツを庇おうとするのが気に食わないのね」
「……要約しないでよ」
清一くんの名前を出されると、仁名村さんは突如しおらしくなってうつむきました。
遠くの方で清一くんは、エメトを中心にした人だかりになんとか割り込もうと四苦八苦しています。それを見つめる仁名村さんの目が般若のようになってしまうのも無理からぬことでしょう。
仁名村七瀬、ただいま清一くんに絶賛片思い中。
「知ってた? イトコ同士って結婚できるんだってね」
西口さんはわざとらしい口調で仁名村さんの神経を逆なでしました。
「高月くんと転校生、今までどんな関係だったんだろうね。あんなになって守ろうとするってことは、きっと仲が良かったんだろうねぇ。あの子身体が弱いんだって、聞いてた? きっと、病気で寝てばかりで、長いこと高月くんが唯一の話し相手だったんだよ。どんな話してたんだろうねぇ。二人っきりの世界だよ、話すこと色々あるだろうねぇ」
「うギュギュギュギュ」
聞いているだけで仁名村さんのこめかみの辺りに欠陥が浮いてきました。顔が女の子じゃなくなっています。どんなことを考えているのか想像するのは止めておきましょう。
「さて、どうする? 恋する乙女のナナセさん。このままじゃ高月くんは確実にあの転校生にとられちゃうよ。今ならまだ間に合うかもしれん。なんとかしようぜ」
西口さんが面白がって煽ります。仁名村さんは唸るばかりで答えません。
「とりあえずさあ、一回ぐらい高月くんと会話しなきゃ」
「無理!」
勢いよく即答。
「だってぇ、私内気だからうまく喋れないしぃ、嫌われちゃうかもしれないしぃ」
先程までの様子とうって変わってうじうじと背中を丸める仁名村さん。入学してから五ヶ月、清一くんと会話した回数……ゼロ。
「でもアンタ、高月くんのこと好きなんでしょ? このまま一度も話すことも無く、ボケッと見てるだけで青春終わる気? 高月くん、多分あんたの顔と名前も一致してないよ」
「ヤ――メ――テ――」
仁名村さんは机に突っ伏して耳を塞ぎ、そのまま微動だにしなくなりました。
死んでしまったかと思われましたが、西口さんがしばらく黙って見ていると、突然がばっと起き上がりました。そして何やら決意を固めた目をして、相変わらず解散する様子の無いエメトを取り囲む人だかりに視線を向けます。
「よし、私決めた!」
「……おっ!」
西口さんはこの時、仁名村さんのやる気にすごく期待しましたが、
「あの転校生、嫌がらせして学校から追い出してやる!」
すぐ裏切られました。