5.通過儀礼
……というわけで、お話は冒頭に戻ります。
「皆さん、始めまして。今日からこのクラスで一緒に勉強をさせていただく、高月エメトです。高月清一さんとは従姉妹に当たります。どうか皆さんよろしくお願いします」
清一くんが予め教えておいた自己紹介の台詞を、エメトは間違えずに言うことができました。自己紹介の瞬間だけビジネススマイルで、その直後に無表情に戻ると言うあの変な設定だけは変えることができませんでしたが、今のところ、クラスの皆は何も気付いていないようです。
ホームルームが終わると同時に、エメトは沢山のクラスメイトに取り囲まれました。
「ねー、前までどこの学校いたの?」「好きな食べ物とかある?」「ご趣味は……」「演劇部に入らない?」「バカ押すな」「昆虫採集とか興味ある?」「毎朝俺に味噌汁を作ってくれ」
エメトは押し寄せる人々を黙って見比べています。コンピューターがそれぞれの顔や体格を記憶しようとしているようです。その間にもクラスメイトたちは口々にとりとめのない質問を投げかけるばかりか、どうかするとエメトをもみくちゃにしてしまいそうなので、清一くんは気が気ではありませんでした。
仕様書にあったエメトの修理費の目安が頭を掠めます。爪一枚三万円。全身修理費十億円。誰かに押された拍子に壁に頭でもぶつけてそれっきり動かなくなるなんてことになったら、一体どうなってしまうやら。
「バカお前ら! 一度に押し寄せるな!」
清一くんはエメトと他の生徒たちの間に割り込みました。
「質問は一人ずつだ! 下がれ下がれ!」
「ちぇっ、なんだよー」
人気アイドルのマネージャーのように、エメトを背中に庇いつつ、清一くんが代わって質問に答えます。
「エメトちゃんはどこから転校して来たの?」
「病気で長い間入院していたから、高校はここが初めてだ」
「なんか趣味とかある?」
「特に無し!」
「得意科目は?」
「す……数学だ!(ロボットだから多分得意だろうという考え)」
「部活とか入る気ある?」
「入らない! 特に運動部はな!」
清一くんが全ての質問をぶった切るので、みんな当然文句を言いました。
「なんだよ高月、でしゃばるなよ! 俺たちは転校生に質問してんだ! 従兄妹かなんか知らんがお前が答えてちゃ会話できないだろ!」
「うるさいっ! エメトは身体が弱いんだ、大勢の人間に取り囲まれるとストレスが溜まる!」
適当なことを言って丸め込もうとしますが、もちろん誰も納得しません。クラスメイトの一人、お調子者の須藤くんが「ははあん、なるほどね」と不敵な笑みを浮かべました。
「清一はなんだかんだ言って、エメトちゃんを独占できなくなるのが嫌なんだな」
「何ィ!?」
「惚れてんだ」
その言葉に反応して、皆から「ヒャー」とか「キャー」とか声が上がりました。
「アホか! 誰がこんな」
ロボットに、と言いそうになりましたが、危ないところで思いとどまりました。言葉に詰まった清一くんを押しのけて、須藤くんがエメトの前にしゃしゃり出ます。
「まあ、こんなのは放っといて俺らと話そうぜ」
「はい」
エメトは素直に頷きました。不可能な作業か、前もって禁止されたことを要求された場合を除いて、ロボットに拒否という選択肢はありません。
「清一とはどんな関係なの?」
「従兄妹です」
それに続いて他の生徒たちも矢継ぎ早に質問を投げかけます。止めようとした清一くんは乱暴に押しのけられました。清一くんは、エメトが壊れたら修理費はあいつらに請求してやる! と小さく毒づきました。
複数の口から次々に発せられる質問を、エメトの高性能な頭脳はある程度まで聞き分けていましたが、そのうちに処理が追いつかなくなり、「要求を限定してください」という警告メッセージを返すばかりになりました。それでもみんながお構いなしに押しかけるのでしばらくその場は全く収拾がつきませんでした。