4.仕様書
かくして、清一くんは人間そっくりのロボット、エメトを連れて学校に通わなければならないハメになりました。ただ連れて行くだけではありません。エメトは清一くんの従姉妹として、つまり人間の生徒として学校に転入するのです。エメトの存在はまだ企業秘密だし、AIに人間の性質を学ばせるためには、人間と対等に扱った方が効率がよいというのがその理由でした。
清一くんは、実は無機質な素材の寄せ集めであるというエメトの正体を隠したまま、学校に通わなければならなくなりました。もちろん自分も学校ではロボットのエメトを人間として扱わなければなりません。こんなに憂鬱なことがありましょうか。
でも、仕方ありません。決まってしまったことですから。お父さんの会社での決定に、清一くんは偉そうに口出しできません。やるしかないのです。
清一くんは、お父さんにエメトの仕様書を貰いました。テキストデータの形でPDAに転送してもらい、中を見ると、百年かかっても読みきれないような膨大な量の文字が記録されていました。もしこの内容を紙に印刷したら、百科事典みたいな厚みの本が出来上がってしまいそうです。それも難しい専門用語ばっかり並んでいて、清一くんには一行も読めません。
しかし、仕様書の内容を噛み砕いた簡易版のファイルを一緒にもらったので助かりました。
簡易版の仕様書では、エメトのボディーの構造が図入りで分かりやすく説明されています。それは基本的に人体を手本に作られていて、骨格や筋肉などが、驚くほど忠実に作られていました。要らないはずの尾骨まであるぐらいです。
エメトの人工筋肉は、特殊伸縮ワイヤーと呼ばれるもので出来ていました。これは形状記憶合金の一種で、電気を通すと収縮し、止めると元に戻るという性質を持っています。これを束ねて作った人工筋肉は、モーターを使って動かすアームと違って駆動音も無く、ずっと人間に近い動きを再現できるのです。
視覚センサーは二つの目に仕込まれたマイクロカメラで、二つのカメラの映像の違いから周囲の景色を立体的に捉えることができました。耳の奥にある集音マイクは聴覚の役割をし、喉の奥にあるスピーカーから合成音声による声を出すことができます。化学センサーが嗅覚を再現し、皮膚の裏ある圧力センサー、温度センサー等が触覚を再現しますが、味覚に相当するセンサーだけはありません。
腹部には、脳の働きをするニューロコンピューターが入っています。出来ればコンピューターは頭部に収めた方がより人間に近かったのですが、サイズが大きすぎて頭には入らなくなってしまいました。代わりに頭にはバッテリーが入っています。舌の裏にプラグの差込口があり、そこにケーブルを繋いで電源に接続すると、三時間程度の充電で約四十時間活動することができます。
各種の機械類や人工筋肉の間には、電気信号をやり取りするコードの他に水の通ったチューブが細かく張り巡らされていました。チューブ内の水は機械が熱を持つのを防ぐと同時に体表面の温度を人間の体温と同程度に保つよう、必要に応じて加熱、冷却されて胸部のポンプから全身に送り出されます。いわば血液の代わりです。
それからエメトは呼吸をしているように見えますが、人間のように酸素と二酸化炭素のやり取りをしているわけではありません。あれは単にポンプを使って空気を出し入れしているだけで、実質的には全く必要ない飾りの機能なのです。飾りなので人間の半分程度の肺活量しかありません。同様に、食事の真似をするために異物を収める袋があって、口から食べた物はこの袋に溜まることになります。消化吸収できるわけではないので、食べたものは後で取り除いて袋を洗浄する必要がありますから、できれば物は食べさせない方が無難です。
仕様書にはこの他にも驚くべき事実が書かれていました。それはエメトがもし壊れた場合の修理費の目安。頭髪の植えなおしは十五万円、破損した爪の修復は一枚辺り三万円、眼球とマイクロカメラは左右各五百万円、人工筋肉の取り付けなおしは腕一本で二千万円。ニューロコンピューターが壊れたら一億円。全てを一から組み立てなおす場合に必要な費用は、約十億円程度。清一くんのお小遣いではせいぜいエメトの爪一枚ぐらいしか買えないということです。
もし、学校で何かの拍子にエメトが壊れたりしたら、修理費は最高十億円。場合によってはその時正体もばれてしまうでしょう。体育の授業なんか、まともな神経で受けさせられるはずがありません! お父さんは「エメトのボディーは人間よりも丈夫なぐらいに造られているから大丈夫だ」なんで言っていますが、自分だって清一くんがエメトを突き飛ばした時は口から泡を吹きそうになっていましたから、当てにはできないと思われます。
突然押し付けられた責任の重さに、清一くんは目眩さえ覚えるのでした。




