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30.尋問

 仁名村さんが校舎裏で西口さんに殴られていた頃、屋上には二つの人影がありました。一つは蔵持さんで、一つはエメトです。仁名村さんが西口さんに呼び出されたように、エメトは蔵持さんに呼び出されました。

 エメトの額と左頬には大きなガーゼが当てられています。顔の焦げ跡はよく洗って上からパテを薄く塗ったことで隠すことができましたが、その焦げ目がついたところは既に複数人のクラスメイトに見られていましたから、不自然に思われないように一応人間用の治療をしたと見せかけるためのガーゼです。

「こんな所に呼び出すなんて、どんなご用ですか?」

 エメトは相変わらずのにこやかな顔で話し掛けましたが、ガーゼのせいでそれも痛々しく見えました。

「心当たりがあるんじゃないのか?」

 蔵持さんのきつい口調での詰問。

「ヤキ入れという奴でしょうか」

「お前……私をどういう奴だと思ってるんだ?」

「冗談です」

 蔵持さんは折角真面目な話をしようとお腹に溜めていた空気を抜かれて、ふう、と溜息をつきました。屋上は風が強く、冬に来るととても寒い場所です。風に舞う髪を押さえながら蔵持さんは、呼び出す場所を間違えたかな、と思いました。

……気を取り直して、もう一度短く空気を吸い込みます。

「私には、お前が何考えてるのかさっぱりわからん」

 黙って首を傾げるエメト。

「仁名村を庇っただろう。メアドを知らない奴の候補にも出さなかったし、さっき教室で私がアイツを問い詰めた時も、お前が止めた」

「ああ、そのことですか」

 蔵持さんはエメトを頭から足までジロジロ眺めています。その一挙手一投足からでも何かしらの感情を読み取ろうと観察しているのです。しかし、いくら見ても何も分かりませんでした。エメトは質問に淀みなく答えます。

「あのネズミ花火の仕掛け、見ました? よく出来ていましたよね。作りは簡単ですけれど、上手く作動させるのは難しいですよ。燃え尽きた跡からでは細かいことは分かりませんけれど、お線香から花火に上手く火を移らせるには導火線の長さや結び方を上手く考えないといけませんし、花火に火がついたら蓋が開く仕掛けも、多分とても細かい作業だったと思いますよ。お線香だって、ほぼ密閉された箱の中では長く燃えないし、狙ったとおりの時間に作動させようと思ったら、お線香の長さや箱の大きさを変えながら何度も何度も実験を重ねないといけなかったでしょうね。もちろん時間もかかるし、材料費もかかります。ネズミ花火なんか今なかなか売ってないですよ。少なくともこの辺では」

「……で?」

「仁名村さんは、清一さんを愛する一心でそれをやったんですよ」

 一切変わらぬ表情でそんなことを言うエメトに、蔵持さんは不気味なものを感じました。

「……じゃあ、仁名村が犯人だってのは、前から気付いてたんだな?」

「ええ。随分前に宣戦布告されたことがありまして」

 転校初日に西口さんと仁名村さんに校舎を案内された時、仁名村さんに突然怒鳴られたことを、エメトはしっかり覚えています。

「その時は私、転校してきたばかりでしたし、ある意味生まれたばかりでもありましたから、仁名村さんが何を言っているのか理解していなかったのですが、後々色んなことが分かってくるにつれて、あの言葉の意味がわかるようになったのです」

「……で、その宣戦布告してきた相手をなんで庇うんだ?」

 エメトはここで一瞬ふっと無表情になり、何かを考えているようにうつむきました。僅かの間でしたが、蔵持さんはその微妙な表情の変化を見逃しませんでした。

今まではどうか分からないが、これから話すことは高月エメトという人間の本音に違いない。少なくとも蔵持さんはそう感じました。

「私は恋愛というものがまだよくわからないのです」

 にこやかな顔に戻ってエメトが語ります。

「仁名村さんの清一さんに対する感情は、そのためにとても参考になります。私はもっと恋する仁名村さんを見ていたい」

「え? でもお前、それじゃ……」

「清一さんは、私が危険に晒されると怒ってくれます。これは清一さんが私に恋愛感情を抱き始めているからではないかと思うのです」

「……はぁ?」蔵持さんは素っ頓狂な声を上げました。「何言ってんだ? お前ら、付き合ってるんじゃねーのか?」

「そんなことはありませんよ。これは言わば、私の片思いなのです」

 蔵持さんの目はまん丸になり、頭の上に「?」マークがぐるぐる渦を巻いて踊り始めました。

「私は恋愛というものが分からないけれど、清一さんと恋愛したい。でも清一さんは私と恋愛したくないのです。ですから今、彼は私に対して抱き始めた感情を必死に否定しているでしょう」

「…………」

「一連の嫌がらせは、きっと清一さんの気持ちを傾けるのに役に立っていると思います。ですから今の状況は私にとって有利だと思います。嫌がらせ自体は大した害ではありません。そういうわけで、状況を維持するため仁名村さんを庇いました。以上が質問への回答です」

 ここまですらすらと語り、最後にとってつけたように「恥ずかしいですね」と言ってエメトは笑いました。

 仁名村さんは腕組みをして「うーん」と唸ります。

「……そこまで分かってて、恋愛の何がわからないって言うんだ?」

「こんな風に冷静に気持ちを解析している内は、恋をしているとは言えないじゃないですか」

「なるほど」

 あまりに明快な答えに蔵持さんは思わず感心すらしました。胸につかえていた疑問が晴れ、肩から力が抜けました。そして一気に砕けた態度になり、エメトの肩に手を回します。

「ハハハ、そうか。お前ら、付き合ってなかったのか。それで高月の気分を盛り上げるために仁名村を利用したってわけだな?」

「やな感じの言い方をすればそうです」

「そうかそうか。じゃあわかんねーのは高月の方だな。あいつ、エメトの何が気に食わねーんだか。こうして身を危険に晒してまで気を引こうとしてるのによう」

 蔵持さんはここまでキツい態度で接してきた分を取り戻すかのように、エメトの頭を抱き寄せてぐるぐる撫でまわしました。エメトはされるがままになりながらも質問に答えます。

「壁があるんですよ。私と清一さんの間には」

「……壁?」

 蔵持さんの腕から抜け出し、エメトは髪の毛を整えました。

「そうです。この壁はおそらく私の方から越えていくことはできないでしょう。向こうから来てくれるのを待つしか方法がありません。……もし、清一さんが壁を越えて私のところまで来てくれたら、その時は私にも、恋愛と言うものが理解できると思うのです」

 エメトは目を伏せて、少し寂しそうに見える表情で語ります。その顔を見て蔵持さんはこう思いました。コイツだって、いつでも平気で笑っているわけじゃないんだな。一度は何か人間とは別のモノのように見えていたけど、大丈夫。高月エメトは間違いなく人間だ――と。

「そうか。壁なんか全然無いように見えるけどなあ。ま、お前にも色々あんだな」

「はい」

「私もさあ、ちょっと前までは、愛とか恋とかさっぱり分かんなかったんだよ。男とベタベタしよーなんてこれッぽっちも考えたことなかったしさあ」そして蔵持さんは恥ずかしそうに視線を逸らし、「初恋なんだよ、総次郎が」と、照れ笑い。

「初恋ですか」

「そうなんだよ。最初はあんな奴なんとも思ってなかったし、顔がイイだけで頭カラッポだと思ってたもんな。つうか、実際付き合ってみてもやっぱりカラッポだったんだけど。あ、今の内緒ね。でもなんでだろうなー。喋ってみるとなんか憎めなかったというか、世話してやりたくなるというか。気が付くとアイツのことばっか考えてて、『あ、これ好きなんじゃね?』と……」

「…………」

「今はもう、顔合わせるだけで、抱きしめたいッ――そして頭に顔うずめてにおい嗅ぎたいッ! みたいな、そんな感じで……」

「すいません、その話に対する正しいリアクションを教えて下さい」

「わはははは! そう引くなって!」

 蔵持さんは恥ずかし紛れにエメトの背中をばんばん叩きまくりました。顔も真っ赤だったので、エメトのコンピューターがこの人は酔っているのではないかと推測したほどです。

「だからお前も、今はピンと来なくても、そのうちこういう気持ちになるよ。相手は高月清一で間違いない。正直、さっき教室で『誰だ! やった奴出て来ーい!』って叫んだ時は、私もちょっとカッコイイと思ったぞ。総次郎もああだったらねぇ。あ、これもアイツには内緒ね」

「わかりました。内緒です」

 エメトが人差し指を口の前で立たせて見せると、蔵持さんが「ふふっ」と吹き出したので、エメトも合わせて笑いました。そのまま二人はしばらく一緒に大笑いしました。蔵持さんは心の底から、エメトも少なくとも外見上は心から笑っているだろうと思える程度には、楽しそうに見えました。

 その時一際強い風が吹き、エメトと蔵持さんは「うひゃあ」と叫んで髪や衣服が暴れるのを押さえつけました。

「やー、寒いね、もう中に入ろうか」

「そうですね」

 二人は笑いあいながら校舎入り口の扉を開きます。そこで蔵持さんが何気なく言いました。

「人間なら誰でも、いつかは恋をするように出来てるんだよなあ。不思議なもんだ」

 それを聞いたエメトの表情は笑ったままでしたが、返答にはいくらか時間がかかりました。

「……そうですね。私もきっともうすぐです」

 そして二人は校舎に入り、扉をがちゃりと閉めました。


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