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27.作戦会議

 昼休みになると、清一くんは学生食道にお友達を集めました。広い食堂には他にも大勢の生徒たちが昼食のためにひしめき合っているので、空調は抑え目ですが寒くはありません。

清一くんの呼びかけで集まったのは、須藤くん、関くん、大島くん、それに蔵持さんに、清一くんとエメトを含めて五人と一台。清一くんが、例えクラスメイトの中に犯人がいるとしても、この中にはいないだろうと自信を持って言えるメンバーです。

 一つの机に全員が向かい合って座り、それぞれ昼食をとりながら会議となりました。

「やれやれ、女のイジメは怖いね」須藤くんが知った風に言うのを、「女が犯人と決まった訳ではない」と、大島くんが冷静に指摘します。

「でも本当に、誰が何のためにこんなことをするんだろうね。エメトちゃんの何が気に食わないのかサッパリ分からないよ」

 関くんは自販機で買った紙コップ入りのメロンソーダをストローで吸いながら不安げな声を漏らしました。その隣では蔵持さんが複雑な表情をしています。彼女はこの中で唯一、なんとなく犯人の目星がついている人なのです。

 清一くんは、いつも物静かな彼にしては珍しく怒りをあらわにした顔をして、強い調子で言いました。

「理由なんか犯人を捕まえてから聞けばいい。そのためにも何とかしてそいつを見つけ出したいんだが……」

「しかし清一、手がかりがなんもないんじゃ見つけようがないぜ」

口をとんがらせる須藤くん。

「手がかりならある」

「お?」

「エメトの学校のメアドには嫌がらせの迷惑メールが来たが、個人用のアドレスには来ていない。つまり犯人は、エメトの学校用アドレスは知っているが、個人用アドレスを知らない奴だ」

 学校用のアドレスはクラス名簿に載っていますから、エメトと同じクラスの人なら誰でも知ることが出来ます。その範囲で、なおかつエメトのアドレスを知らないとなると、対象はそこそこ絞れるでしょう。

「エメトのアドレスなんて、うちの女子は大抵知ってるぞ」

 蔵持さんが言いました。そして何気ない風にそっぽを向きながら、「知らない奴はよっぽど友達の少ない奴だろうな」とヒントを付け加えます。

「私、結構友達多いんですよ。かなえさんとも毎日メールするし」

 エメトは自慢げにPDAを開いて清一くんに見せました。画面に表示されたアドレスの一覧にはクラスの女子の名前がズラリと並んでいます。男子も結構いて、須藤くん大島くん関くんの名前もその中に入っていました。清一くんのアドレス帳よりもよっぽど充実しています。一体いつの間に……と、清一くんは地味にショックを受けました。

「うーん、それじゃあ犯人は意外と男子なのかなあ」

 関くんが的外れな事を言うので、蔵持さんは、なんでそっちに行くんだよ! と内心ヤキモキしましたが、黙っていました。

「男だったら、タチの悪いストーカーだな」

 須藤くんの言葉を聞いて、大島くんがふんと鼻を鳴らします。

「いざと言う時は、俺に任せろ」

「いや、できればそういうことにはなって欲しくないが」

 清一くんが言うと、大島くんはつまらなさそうな顔で手にしていたフライドチキンにかぶりつきました。肉に喰らいつく姿がえらく様になっています。骨まで噛み砕いてしまいそうです。

大島くんは一人で二人分の席を取るほどの大男。頼りになるのはいいのですが、結構荒事好きらしいのが玉にキズです。

「エメトのストーカーだったら、嫌がらせするのは高月……清一の方だろ」

 蔵持さんがまたさりげなくヒントを出しました。

「片思いの相手と付き合ってる方が憎いはずだからな」

「いや、俺たちは別に付き合って……」清一が言いかけたのを遮って、「なるほど、それじゃあ逆に清一のストーカーが犯人か!」須藤くんが大声で正解を叫びます。

「犯人はセイちゃんのストーカー……で、男?」

 折角核心に近づいていたのに、関くんの言葉で蔵持さんがパックの牛乳を吹き出しました。盛大に咳き込む蔵持さんを、「あっ、大丈夫?」と彼氏の関くんは気遣いますが、蔵持さんはむせながら彼とのお付き合いを考え直すべきかどうか悩まなければなりませんでした。

 ……清一くんの脳裏に、以前の山田先生の言葉が浮かびます。

『こりゃ、お前とエメトがあんまりにも仲がいいんで、嫉妬した奴の仕業だろう』

 エメトの授業ノートが消された時、先生はそう言いました。先生はあの時から何か思い当たることがあったのだろうか、と彼は頭を捻ります。

 自分は今までに、特定の女の子に異常に好かれるような機会があっただろうか? 清一くんがどこまで記憶を遡っても、思い当たることは何もありませんでした。今までろくに喋ったこともない仁名村さんのことなんて、気がつくはずもありません。

「エメト、お前のアドレスを知らない奴はクラスにどれぐらいいるんだ?」

 清一くんの質問に、エメトはとりあえず考えるそぶりを見せて……もちろんスーパーコンピューター搭載のエメトですから、質問を受けてから答えを導き出すまでにコンマ一秒もかからないのですが、人間っぽく見せるためにあえて二秒ほど考えるふりをして、それから答えました。

「そうですね、遠場さん、滝波さん、八夜越さん……」

 挙がったのは三人の女子の名前。いつも病欠している遠場さん、いつも学校をサボっている滝波さん、たくさん友達がいるように見えて、実は皆と希薄な付き合いしかしていない八夜越さん……。

「それぐらいですかね。あとは男の子が九人ぐらいです」

 それを聞いて蔵持さんは妙だと思いました。

 おかしい。肝心な奴の名前が無い。仁名村がエメトのアドレスを知っているということはまずありえないんだ。仁名村は普段からエメトを徹底的に避けているし、何より高月清一の言うとおり、あいつが知っていればそのアドレスにも迷惑メールが来ているはず。あいつ以外に犯人など考えられないのだから。

 とすると、エメトはたまたま仁名村のことを忘れていたのか? いや、殆ど学校に来ていないような奴らの名前を出しておいて、仁名村だけ都合よく忘れるなんて事はないだろう。

 それならやはり、エメトも気付いているのか。あいつが犯人に違いないということに。

 ……しかし、何故それを庇うような事をする?

 蔵持さんはエメトの顔を見ました。エメトはニコニコ笑っているばかりで、その表情から一切の意図が読み取れません。

「それじゃあ、その三人が一番怪しいのか……」

 清一くんは今名前が挙がった三人のクラスメイトについて思い返してみました。三人とも全然付き合いがありません。教室で顔を見るのは八夜越さんぐらいで、あとの二人に至っては学校にくること自体少ないのですから無理もないことです。

「お前何かそいつらがストーカーになるようなことしたんじゃないのか? 病気の遠場を看病しに行ったとか、不良の滝波が雨の中捨て猫に傘を差している所を見たとか」

須藤くんがよく分からない例えを持ち出してくるので、「ねーよ!」と清一くんの突っ込みにも思わず熱が入りました。

「遠場と滝波はほとんど学校に来ていないんだ。嫌がらせなんかできないだろう」

大島くんが冷静な意見を言います。清一くんが思い返すと、確かにその二人が休んでいる日でも嫌がらせはありました。ということは、犯人はその二人以外にいるということです。

「そうか、じゃあ残ったのは八夜越か……」

「八夜越ね……」

「八夜越さんか……」

 それぞれが考え深げに八夜越さんの名前を呟きました。

 八夜越信子さんはどこにでもいる普通の女子高生。クラスの中では目立たないタイプ。といっても内気で大人しいという意味ではなく、むしろ明るく誰とでも友達になれる方です。

ただ、友達との会話では常に相手の話に合わせることに終始し、決して自分の意見を挟まない。服装や持ち物にも自分の趣味を一切出さず、流行の物だけを身につけている。……と、個性を出すことを極端に恐れていて、クラスに溶け込むことだけを意識している嫌いがありました。

そのため、同じクラスの女子となら誰とでも満遍なく付き合う癖に、その中の特定のグループと仲良くなることは無く、疎外されることは無いけれど、特別仲のいい人物もいない。教室ではみんなと友達だけど、学校の外で彼女と会う者は誰もいない、という、宙ぶらりんな存在になってしまったのでした。その誰にとっても〈その他大勢〉なポジションと信子という本名から、陰でつけられたアダ名はモブ子。

……もちろんモブ子さんは今回の件については全くの無実です。それがわかっている蔵持さんはとてつもなくもどかしい気持ちになりました。

畜生。男って生き物はなんでこうカンが鈍いんだ? 誰か一人ぐらい、仁名村がだいぶ前から高月をストーキングしていることに気付いててもいいだろ。このままでは無実のモブ子が犯人にされてしまう。

いっそのこと、私の口から全部バラしてしまうか? しかし、私はこの件に関しては第三者でしかない。当事者であるエメトがあんなふうにして仁名村を庇っているのに、私がそれを言うのは筋違いだ。ここは我慢するところ……。

だが、エメトとは後で話をつける必要があるな。

蔵持さんはそう思い、エメトの方に鋭い視線を向けました。エメトのマイクロカメラ内臓の瞳は、顔に開いた二つの黒い穴のように、その視線をそのまま飲み込んだだけでした。

それにしても何を考えているんだろう、こいつ。

蔵持さんは急に背筋が冷たくなりました。どうも、こちらは相手のことが何もわからないのに、相手からは見透かされているような、そんなうすら寒い気分です。

「じゃあ、とにかくみんな八夜越の動きには注目しててくれ。何か嫌がらせをしようとしたら、現場を押さえるか証拠を掴むんだ。他の奴が犯人の可能性もあるから油断はできないけどな」

 清一くんによる締めの言葉に、男の子たちが「おう」とか「うん」とか答えて、会議はお開きになりました。みんなご飯も食べ終えていたし、お昼休みも終わりが近づき丁度良い時間です。

「頼りにしてますよ、清一さん」

 そう言ってエメトにニッコリ微笑まれると、清一くんは心臓の裏がどうしようもなくむず痒くなるのを感じました。


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