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24.チューリング・テスト

 しかし、清一くんの祈りもむなしく、エメトのAIは時が進むごとにどんどん成長していきました。以前は書店で無作為に選んだ本ばかり読んでいたのに比べて、最近では少女漫画や恋愛小説、それにファッション誌や情報誌など、『女の子らしい本』を読んでいます。西口さんが貸してくれる怪しい小説もよく読んでいるし、それについての話で盛り上がったりしています。

 新しい服を自分で買ってくるようにもなりました。指定の制服を着て学校に行くことは少なくなり、自分で買った服を着たり、アクセサリーを身につけて行くようになりました。お父さんはエメトの成長を喜び、いくらでもお小遣いをあげたので、エメトは好きなものを好きなだけ買うことができました。おかげで今やすっかり『今時の女の子』な見た目です。

 何も無い客間だったエメトの部屋に、どんどん物が増えていきました。洋服や化粧品も多いですが、壁掛けテレビやPDAに繋いで使う立体音響設備など、エメト自身がテレビ番組の電波を受信したり出来ることを考えると全く必要ない物もやたらとあります。部屋の床にはお菓子の箱も転がっていました。お菓子なんか食べたって何の意味もないのにです。

PDAも最初にお父さんにもらった黒っぽい配色の機能性重視のものから、空色で四隅の丸っこい形状をした、女子の間で人気の最新モデルに買い換えました。機能よりも見た目重視で、専用のアクセサリーや可愛いキャラクターが道を教えてくれるナビゲーションアプリのような女の子の喜ぶ特典が目白押しになっている奴です。

というわけで、エメトの部屋は今やすっかり散らかっていました。ある時など、清一くんが貸していた漫画を返してもらおうと部屋に入ると、「ノックも無しに入らないで下さいよ」なんて生意気なことを言われたほどです。

しかし、何事も効率と合理性を最優先するのが今までのロボットの考え方ですから、〈部屋を散らかす〉というのはユニークな機能かもしれません。何しろ、過去に人間の役に立つロボットは色々と作られていましたが、〈部屋を散らかすロボット〉は一度も作られませんでしたからね。掃除ロボットなら、星の数ほどありますけれど。


 ある日、そんなエメトの成長ぶりを確かめるべく、株式会社ゼロワンシステムの本社ビルにてテストが行われることになりました。その内容は、一般市民に協力を得て、相手の姿が見えない状態で、パソコンのチャット機能を介してエメトと会話してもらうというものです。

今回はエメトの他に四人の人々を呼び、自分以外の三人とエメトを相手に計四回、それぞれ十五分間の会話をしてもらいます。全ての会話が終わった後、各協力者に誰がロボットだったかを当ててもらうというわけです。

これはいわゆるチューリングテストと呼ばれる、人間に似せたAIの精巧さを試すためのテストです。同じテストは今までにも何度か行われてきましたが、学校に通い始めるまでのエメトはあまりいい成績を残せませんでした。今日は月に一度のメンテナンスのために本社に戻ってきたついでに久々のテストです。エメトの学校生活ももう三ヶ月目。その成果が具体的に出てくるわけですから、清一くんのお父さんはじめAI開発チーム一同の期待も嫌が応にも高まっていました。

それではそのテストの中から、ある一組の会話を見てみましょう。


被験者B こんにちは。

被験者D こんにちはー

被験者B あ、始めまして。僕の名前は吉田と言います。

被験者D はじめまして♪ マリでーす! 来月の誕生日で18になるの、ヨロシクね!

被験者B へえ……若いなぁ……(汗)

被験者D 吉田サンていくつ?

被験者B 今年で29……もうすぐおじさんとか呼ばれると思う……(泣)

被験者D 元気出せョ! まだまだ人生これからサ!

被験者B (笑)

被験者D でもラッキーだよねー。チャットでチョットしゃべるだけで1万もらえちゃうんだってさ!

被験者B 僕はお金が欲しかったわけじゃないけど、最新のロボットってのに興味があって。

被験者D そーそー、今日しゃべる中に一人ロボットいるんだよぉ、コワイね~!

被験者B 実は僕も、そういう関係の仕事してるんだよね。この会社じゃないけど。だから余計気になるっていうか。

被験者D え~、カッコイイ! どこどこ? どこの会社?

被験者B タイガーアイって言うんだけど、聞いた事ある?

被験者D えー! あのゲーム作ってるとこ!?

被験者B そうそう(笑) ゲームも作ってる。

被験者D すごーい、大会社じゃん! じゃあお金持ちなんだ!

被験者B いやあ、大したことないよ。僕なんかヒラだし……。

被験者D でもアタマ良くないと入れないでしょ?

被験者B 一応慶応出たけど(笑)でも言うほどのことは何も無いんだよね。

被験者D け、けいおうですってよ~! ちょいと奥さん聞きました?

被験者B 誰だよ(笑)奥さんて。

被験者D ねぇねぇ吉田サンて、彼女とかいるの?

被験者B えー? いないよ。

被験者D マジで? じゃあ私吉田サンの彼女にしてもらおうかナー。うちのカレシ慶応出のエリートなのよ! とか言ってみたいし

被験者B ハハハ。まいったな。そんな事言うと本気にしちゃうよ?

被験者D え~ もう、マジっすよ、マジマジ!

被験者B でも、もし僕がロボットだったらどうする?

被験者D えぇ~、も~! それじゃあ私の方こそロボットかもしれませんよ?

被験者B あ、そうか。じゃあ、後でお互い確かめてみるっての、どう?

被験者D そうしましょっ! ついでにぃ、このチャットのギャラでどっか遊びに連れてってくれたらウレシイな~

被験者B ハハハ、ちゃっかりしてるなあ。

被験者D 実際会ってもビックリしないで下さいよー?

被験者B え?

被験者D 私があんまりにもカワイイからって!

被験者B う~ん、自信ないなあ(笑)


「どう思います? これ」

 テストが行われたのとは別の部屋で、コンピューターの画面に表示されたチャットログを前に六人の研究者たちが唸っていました。エメトのAI開発チームの面々です。彼らはみな一様にあまり綺麗ではない身なりをした男達で、太った若い男や、メガネにヒゲ面の男、妙に前髪の長い初老の男などの姿が見えます。

「Bがエメトなんですよね?」

「Bです。間違いなく」

 それぞれ困惑した表情で顔を見合わせていました。テストの結果は彼らが想像もしなかったような物です。被験者Bことエメトは相手によって、ある時は中年のおばさん、ある時は中学生の男の子、という風にキャラクターを使い分けて会話していました。人間がチャットで顔が見えないのをいいことに別人になりすまして会話するようにです。

前回までのテストでは、エメトは相手の話に対して「はい」とか「いいえ」とか短い言葉では答えられるものの、複雑なやり取りはほとんど理解できなかったので、被験者にすぐ正体を見破られていました。一番のロボット候補としてエメトの記号が書かれたアンケート用紙に、一緒に書いてもらった「ロボットだと分かった理由」の欄が、テストでの主な収穫でした。

しかし、今回の被験者は、四人ともがエメトの記号をロボット候補として四番目に挙げました。今まで二番目すらとったことが無かったのに、エメトはいきなり最高の成績をはじき出してしまったのです。学校のテストだったら、学年最下位から全国模試一位への奇跡の躍進。大げさでなくそれぐらいの意味があると言っていいでしょう。なにせ四人全員が、他の三人の人間たちと比べても、エメトが一番人間らしいと判断したのですから。

チャットログを前に開発者たちは長い間身じろぎもせずに固まっていましたが、その沈黙が扉を開く音で破られました。入ってきたのは清一くんのお父さんとエメトです。被験者の皆さんに謝礼を渡しがてら、ネタばらしに行ってきた帰りでした。

「いやあ、本当のことを話したのに、途中でうっかりナンパしてしまった女の人に、嘘つかないでよ! ホントは人間だったんでしょ! なんて怒鳴られて、すっかり困ってしまいましたよ」

 などと話すエメトの表情はにこやかです。モニターに釘付けだった研究者たちの視線は一挙にその顔に集まりました。

「い、一体どうして、全ての相手に別々の人格を装って会話したんだ?」

 メガネにヒゲ面の研究員が問いかけます。エメトはその質問にすらすらと答えました。

「一つ目の理由は、AIの性能を試すというテストの目的を果たすためです。私のAIが十分に人間の脳の代わりを果たしうることを、分かりやすく数値的な結果を残して示すためには、ただ一番のロボット候補に挙がらないだけでなく、四番になる必要があると考えました。その為には他の人間と比べてもさらに人間らしいと判断されなければならないので、普段どおりの私の態度では不十分です。ですからより人間らしく、親しみやすい架空の人格を設定し、それに則ってテストに臨むことにしました。私自身がより人間にとって親しみやすい性格を研究するためにも、四人全ての被験者に対し別々の架空人格を使い、さらにその人格に説得力をもたせるために、勤め先や家族構成その他に関しても細かい設定を行いました。調子に乗りすぎて、会社員の吉田さんが女の子を引っ掛けてしまいましたが」

「……二つ目の理由は?」

ここでエメトは不敵な表情でニヤリと笑い、「その方が面白そうだったからです」

 清一くん達の学校に入学してからのエメトをほとんど知らないチームの面々にとって、その表情だけでも現在のエメトの底の深さを窺い知るには十分でした。自分たちがエメトに笑顔を教えるのにどれほど苦労したことか。写真を使った反復学習でようやく覚えさせたのが受付嬢のようなビジネススマイル一つで、それも『笑うように』と指示されたときにしか見られませんでした。その他にも喜怒哀楽のそれぞれに一パターンずつの表情を教えましたが、その表情を正しく使うことまではどうしても教えられなかった。それなのに今のエメトの表情の多彩さは一体どういうことでしょう。

 以前のエメトは、顔に出す表情を指示された時以外は全くの無表情で、視線は漠然と前だけを見つめ、まさしく〈人形〉としか思えない固まった顔つきでした。ところが今は、ただ黙って立っている時でも、口元や視線に〈意思〉を感じられます。手を体の前で組めばその手を見られ、隣の同僚の顔を見ればその視線を追ってくる。こういった細かい仕草は一人や二人の人間がいくら努力しても教えられません。多くの生きた人間と実際に触れ合うことで、AIが自然に学び取り、ようやく身に付けたのです。

 開発者たちの知っているエメトの顔は二つのマイクロカメラをはめ込んだ合成素材のマスクであって、自分たちはそれを一方的に見るだけでしたが、今のエメトはそれだけでなく、向こうからも見られている感じがしました。まるで、生きているように。

「高月さん、僕ら、凄いモノを作ったかも知れませんね」

 太った開発者が感慨深げに言うと、清一くんのお父さんは「ワハハ、今頃気付いたか」と大声で笑いました。

「やっぱり、学校に行かせたのがよかったんでしょうか」

「俺のアイデアだぞ! 俺の!」

「いやいや高月さん、そこはやっぱり皆でですねえ……」

 お父さんたちがわいわいと言い合っていると、一歩引いたところから、頬のこけた開発者の一人がポツリと呟きました。

「でも、ここまでくるとなんか怖いっすね」

 開発者たちが一斉に頬のこけた男をじろりと睨みました。みんなうすうす思ってたけど、あえて言わなかったことをこいつは……という視線でした。

空気の読めない頬こけ男はまだ話を続けます。

「エメトみたいなロボットが量産される頃には、もう人間なんか必要なくなっちゃうんじゃないかなあ」

「お前なあ、元も子も無いことを……」怒気をはらんだ声で一人が言うのを「まあまあ、怒鳴るなよ」と別の一人が制しました。みんな今日まで協力してエメトの開発に従事してきただけに、こういう無神経な発言には気が立ってしまうのも仕方ありません。ただそれだけでなく、期待を遥かに越えて本物の人間のように、生きているとしか思えないほどに成長したエメトに、開発者たちみんなが漠然と不安を感じていることが露呈してしまうのが怖かったのかもしれません。このまま不安ばかりが膨らめば、開発が進まなくなってしまいますから。

 男達がピリピリと緊張した空気を発し始めたのを見て、エメトがこらえかねたように「ふふふ」と吹き出しました。

「そうですねえ。油断してると頭からガブッといっちゃうかもしれませんよお」

 みんな、目が点になりました。

「でも、早くそうなるように、お仕事頑張ってくださいね。一台作るのに十億円かかってちゃ、量産なんて夢のまた夢ですよ」

 開発者たちがポカーンとしている中、お父さんが真っ先に大声で笑い出します。

「わっはっはっはっは。完全にエメトの方が一枚上手だな。人類がマシーンに支配される時代も近いぞ」

 お父さんは笑いながら、エメトの頭をバシバシ叩きました。それはもう、以前のように高級車のボンネットに手を置くような手つきではありませんでした。あえて言うならそれは我が子に接するときの手つきです。叩かれているエメトも楽しそうにきゃらきゃらと笑っているのを見ると、それは誰がどう見ても仲の良い親子の姿でした。

 だからって別に、開発者たちの不安の原因が無くなったわけではありませんが……二人の姿は、不安をひとまず丸めて心の戸棚の奥にしまっておくのには十分でした。だから開発者のみんなも、とりあえず二人と一緒に笑っておくことにしました。頬のこけた男が一人だけ、きょとんとした顔で突っ立ったままでしたが。


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