2.転校生が来た
某県立高校、一年一組の教室では、夏休みが明けたばかりで休みボケの生徒たちが、「なんで夏休みには終わりがあるの?」みたいな、言ってもしょうがない愚痴に花を咲かせている真っ最中でした。
担任の山田先生は一九九〇年生まれの六十八歳、とっくに定年退職していいはずのおじいさんだけれども、足腰はカクシャクとしていて、「アホ! 授業してもらえるだけでも有難いと思え!」なんて怒鳴りつける様は、実際より二十歳は若く見えます。
そんな教室にリンゴンリンゴンと電子音のチャイムが鳴り響き、ホームルームの時間がやってきました。山田先生、騒がしい教室でも響き渡るように声を張り上げます。
「静かにしろ! 今日は、このクラスに転校生が来るぞ」
この言葉に、生徒たちはむしろ一斉に色めき立ちました。みんな好奇心旺盛な年頃、転校生と聞いちゃあ黙っていられません。口々に疑問質問を叫びます。男ですか? 女ですか? どんな奴? どこから来たの? 日本人? どこに座るかな? 期待しすぎ?
「シャ――ラップ!」
山田先生がもう一度喝を入れて、みんなようやく静かになりました。
「高月、入っていいぞ」
みんなの視線が一度に教室の入り口に集まります。扉の擦りガラスの向こうに人影が見えたかと思うと、扉が開いて女の子が入ってきました。
その子は一見、単なる女子高生のようにも見えました。背は高すぎず低すぎず、太りすぎでも痩せすぎでもない、いかにも平均的な体格をしています。私服通学可のこの高校で、指定の制服であるグレーのブレザーを着て、髪型はさっぱりとしたショートカット。その他に特徴的な持ち物や装飾品は見当たりません。顔立ちは一見とても可愛らしくできていましたが、表情というものが全く無いのが残念でした。
転校生は姿勢正しく教卓の前まで歩き、そこでクラスメイトたちの方へ向き直りました。緊張したり、気負っている様子などは無く、またその他のどのような感情も感じさせない異様な雰囲気に、一同は思わず息をのみます。
ところが彼女は、この段階で急に一流ホテルの受付嬢のような完成された笑顔を作り、
「皆さん、始めまして。今日からこのクラスで一緒に勉強をさせていただく、高月エメトです。どうか皆さんよろしくお願いします」
と、見た目どおりの可愛らしくどことなく涼やかな声で言ったかと思うと、深々と頭を下げてお辞儀をしました。掌を体の前で重ね、頭が最下点に達してから約三秒待って顔を上げる。デパートガールをやれるほどの完璧なお辞儀でしたが、頭を上げた直後、それまで笑顔だったのがまた無表情に戻ってしまったのは減点でしょうか。
短い自己紹介が終わった直後、何も知らない生徒たちは、わっと一斉に騒ぎ出しました。
「かわいい!」「そうか?」「緊張してるのかな?」「こちらこそ、必要以上に仲良くしようぜ!」「お嬢様っぽい!」「友達になりたい!」「ウチへ嫁に来い!」
皆の興奮はちょっとやそっとでは収まらず、教師一筋四十数年の山田先生でもしばらくは抑えられないほどでした。
でも、このクラスの中で一人だけ、騒ぎに加わらず、口を固く結んで転校生を睨んでいる者がいました。彼の名前は高月清一。男の子にしては身長が低く、どことなく子供っぽい顔をした生徒です。
転向生と同じ名字を持つ彼だけは、本当のことを知っていました。
高月エメトの正体が、日本の大手ロボット開発企業、株式会社ゼロワンシステムが開発した、最新技術の結晶、自立学習型人工知能搭載のコミュニケーションロボットだと言うことを。
強化プラスチックに近い材質の骨格、通電によって伸縮する特殊なワイヤーで出来た人工筋肉、企業秘密の合成素材で出来た皮膚には細かい産毛まで植え込んであります。脳の代わりをするのは超高性能のニューロコンピューターです。
このように、全身余さず無機的な素材で作られていながら、見た目上は人間とほとんど区別のつかないロボット。それがスーパーロボット〈エメト〉。
誰もその正体に気付かないのも無理はありません。二〇五八年の現在でも、こんなものはまだまだ漫画かSF小説の中の物だとみんな思っていますから。
それでは、少し時間を遡って、なぜエメトがこの学校に人間の転校生としてやってきたのかを見てみましょう。