17.関くんと蔵持さん①
学校が終わって、清一くんと、須藤くんと、大島くんと、それからエメト、三人と一台は駅近くのドーナツ屋さんに集まっていました。店の奥の入り口からは見えにくい席について、後からやって来る関くんと蔵持さんを待ち受ける作戦です。
「なんかこういうの、ワクワクするよな!」
須藤くんは無邪気に笑いました。テーブルの上には支払いを済ませたドーナツ達がもう並んでいます。エメトの前にも一番安いプレーンドーナツが三つとオレンジジュースがありました。
エメトの場合、これを食べたらあとで家に帰ってから、口からゴムホースを突っ込んで内部の異物袋を洗浄しなくてはなりません。折角食べたドーナツももちろん全て無駄になります。消化できないのですから仕方の無いことですが、清一くんは以前、間違って洗浄の様子を見てしまって気持ち悪くなったので、出来ればもう二度と食べ物なんか食べて欲しくないと思っていました。
「エメトちゃん、プレーンのウマさが分かっているとは、通だね、通!」
などとはしゃぐ須藤くんが注文したのはチョコレートときなこのドーナツに肉まん二つとアップルパイ。彼だけしっかり腰を据えて食べるつもりです。大島くんは申し訳程度に、チョコレートドーナツ一個とウーロン茶を頼んでいました。清一くんの前にあるのはあんドーナツ二個とウーロン茶。
何分も待たないうちに、関くんと蔵持さんがやってきました。二人ともいやに畏まった様子で時間をかけずにドーナツを選び、カウンターで支払いを済ませます。PDAを読み取り用の機械にかざすだけで、銀行口座から電子マネーが引き落とされて支払いが完了しました。
そして二人はいそいそと入り口近くの席につきます。関くんが先に入り口側の椅子に座ったので、向かい合って座る蔵持さんは店の奥に背中を向ける形になりました。関くんからは店の奥にいる清一くんたちが確認でき、蔵持さんからは見えないという状態です。須藤くんが立ち上がり、席を隔てる衝立の上から顔を覗かせると、それを確認して関くんが小さく頷きました。ここまでは予定通り。
関くんと蔵持さんは、ドーナツに手もつけずに話し始めました。和やかな雰囲気です。距離が離れているので、細かい会話の内容までは聞こえません。
「何話してるんだか気になるなあ」
須藤くんは肉まんを食べながらチラチラと向こうの様子を気にしていましたが、「あまり覗くな」と大島くんに注意されてしぶしぶ椅子に座りました。あとできることといえば、店の喧騒の中に紛れて伝わってくる雰囲気に五感を集中することぐらい。
「確認したいのですが」
エメトが不意に口を開きました。
「今日、関さんが蔵持さんをこの店に呼び出したのは、蔵持さんに交際を申し込むためですよね」
須藤くんと大島くんがうなずきました。エメトはどうやら正しく事態を理解しているようです。
「蔵持さんは申し出を受け入れるでしょうか」
ロボットがそんなこと気にしてどうするんだと言いたい清一くんでしたが、ここは我慢です。そのかわり須藤くんが得意げに語り始めました。
「多分いけるだろ。総(関総次郎のこと)もあれで黙ってりゃモテるんだ。蔵持とも普段から結構仲良くしてたし、向こうもまんざらじゃないと思うぞ。俺が言うんだから間違いない」
エメトは笑顔になってうなずきます。
「その説に私も賛成です。過去の記憶を遡って検証してみましたが、蔵持さんが関さんと会話している時は、その他の人と会話している時の平均に対して、笑顔を見せる頻度が二三〇%以上の割合で高くなっていました。声のトーンも平均して高いようです。男性相手の場合だけに限って見ても、やはり笑顔の頻度と声のトーンは関さんとの会話が最も高く、他の男性が相手のときは抑え気味になっているという結果が出ました。この結果から、少なくとも学校で見られる蔵持さんの友好関係の中で、関さんとの関係がもっとも親密であると言えます。加えて、現在蔵持さんに特定の恋人がいないという仮説が正しい場合、蔵持さんが関さんとの交際を受け入れる可能性は極めて高いと言えるのではないでしょうか」
エメトはやたらと長ったらしく解説しましたが、須藤くんはよく分からなかったらしく、「あ? ああ、だよなー」と分かったような相づちを打って済ませました。
その隣で、清一くんはわずかな不安感を覚えていました。エメトのAIは、着実に人間を学んでいるようです。最近はクラスメイトと会話することも多くなりました。今では正体を知っているはずの清一くんでも、時々はっと思わされることがあります。
今日の関くんと蔵持さんは、エメトのAIにどのような影響を及ぼすでしょうか。そしてその結果、エメトがこれ以上人間らしくなってしまったら……。
清一くんは湧き上がる不安を抑えられませんでした。