16.怪奇イモ虫男
さて、そんなことのあったまさに翌日の朝、清一くんが本に熱中しながら歩くエメトを引っ張って登校してくると、教室に到着したとたん、関くんが泣きそうな顔をして飛びついてきました。
「セイちゃーん!」
見た目は二枚目の関くんが自分よりずっと背の低い清一くんにすがりつく様は、絵的にかなり情けないものです。
「聞いてくれよう」
「なんなんだ」
清一くんが足にまとわりつく関くんを乱暴に払いのけまると、彼はイモムシのように床にへばりついたまま、哀れっぽく語り始めました。
「実は昨日、かなえちゃんに電話して誘ってみたんだけど」
ココまで聞いて清一くんは、さては断られたのか。と思いました。それで慰めて欲しいとか言い出すんじゃないだろうな。このやろう、なんて面倒くさい奴だ、と。
すると関くんはそんな清一くんの思考を読んだように、
「いやあ、かなえちゃんOKしてくれたけどね」
コロッと変わってだらしなくゆるんだ笑顔を見せました。
「なんなんだよ」
「いやOKしてくれたけど! だけど!」
笑ったのも束の間、関くんはまた泣き顔に戻って床の上で手足をバタつかせます。清一くんの隣ではエメトが本から顔を上げてその様子を静かに観察中でした。
「いざ二人でお茶するとなると何喋っていいかわからなくなりそうなんだよー! どうしたらいいのか教えてくれよー!」
「知るかっ!」
清一くんに怒鳴られた関くんは、今度はダンゴ虫のように丸まって床の上をゴロゴロ転がりました。自由な人です。
「エメトちゃ~ん、いつもセイちゃんとどんなこと喋ってんの?」
「昨日は、ご飯を食べている清一さんに私が『美味しいですか?』と聞いたら、清一さんは『飯食ってるときにじっと見てんじゃねーよ』と……」
聞かれたことを聞かれたままに答えようとするエメトの口を清一くんは慌てて塞ぎました。そして丸まった体勢のまま顔を上げてニヤリと笑う関くんをギロっと睨みつけます。
「怒るなよう、セイちゃん。僕は素直にうらやましいんだよ。ついでに言うとその幸せカップルぶりにあやかりたいんだよ」
「もう何とでも言え」
「あ、そうだセイちゃん! 今日かなえちゃんとドーナツ屋に行くとき一緒に来てくれよ」
関くん、とんでもないことを言いだしました。
「……バカかお前、三人でドーナツ食って楽しいか? 何のために誘ったんだ?」
「だから、僕とかなえちゃんとは離れたどっか店の奥に座って見ててくれよ。友達が見てると思うだけでいくらかリラックスできると思うからさあ」
「なんで俺がそんなノゾキみたいな真似しなくちゃいけないんだ。お前らいつも教室では普通に喋ってるだろうが。大丈夫だから行って来い!」
そしてさっさとくっ付けば自分とエメトのことなどにちょっかいを出すこともなくなるだろう、という期待も込めた清一くんの激励でしたが、
「そんな冷たいこと言わないでくれよー。今度なんかおごるからさあ」
全く通じていないようです。清一くんは呆れ果てました。
そこで、エメトが一歩進み出て、寝っころがったままの関くんに聞こえやすいよう、隣にしゃがんで言いました。
「私でよければ、ついて行きますが」
「え?」
その言葉に関くんも意外そうな顔をしていましたが、もっと驚いたのは清一くんです。
「お前、何を言い出すんだ? 関係ないだろ」
しかし、エメトはにっこり笑って、
「関さんは、友達が見てると思っただけでいくらかリラックスすると言ったじゃないですか。友達の定義には、クラスメイトである私も含まれるのではないですか?」
と、よく筋道の通った反論をするので、清一くんは二の句が継げなくなりました。
いつのまにか小賢しくなったものです。一体何を考えて……コンピューターの内部でどんな計算が行われてこのような行動に出たのか、と清一くんは頭を捻りますが、相変わらず受付嬢じみたエメトの笑顔から思考を読み取ることなど不可能でした。
「全然オッケーだよ! 僕ら友達だもんねえ」
清一くんの苦悩をよそに、関くんがしたり顔で言います。そしてまるで勝ち誇ったように、「エメトちゃんが来るんだから、セイちゃんも来るだろ?」
「…………」
清一くんはもう言葉もありません。苦い顔で立っていると、後ろから誰かに頭をボスッっと叩かれました。
「まあいいじゃないか。面白そうだからついて行ってやろうぜ!」
須藤くんでした。その隣には腕組みをして立っている大島くんもいます。どこで話を聞いていたんでしょうか。またややこしいことになったと清一くんは思いました。こうなってしまってはもう、清一くんには止めることができません。
「じゃあもう全員まとめて来ちゃってよ」
「ハハハハハ、任せろ!」
ということで、清一くんの放課後の予定が決定してしまいました。
それにしても心配なのは、関くんが本当に蔵持さんと上手くやっていけるのかと言うことです。清一くんは、例え今のところ良い関係だとしても、ここまで情けない姿を見られでもしたらそのうち愛想をつかされてしまうんじゃないかと思いました。
すると、噂をすれば影というか、教室の扉を開けて蔵持さんが入ってきました。
「おはよう」
この時振り返って見ると、ずっと床にへばりついていた関くんがいつの間にか立ち直っていました。すました顔をして蔵持さんに手など振っています。こうしていると立派なハンサム少年に見えるから不思議です。
蔵持さんもそれに応えて、控えめな素振りで手を振り返していました。ちょっと照れた感じの笑顔です。蔵持さんも関くんの前では、PDAをいじりながら喋ったりはしないようです。
お似合いでした。何も心配することはなさそうです。この調子だと、わざわざ清一くんたちがデートについて行く必要なんて全く無さそうですが……。
しかし、人生とは得てして上手くいかぬもの。この後思わぬ悲劇が関くんを待ち受けていようとは、超高性能ニューロコンピューターでも追いつけない総合的判断能力を持った人間たちでさえ予測できないことでした。