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14.かなえさん

 その頃教室では、仁名村さんが眉間にシワを寄せて親指の爪をガリガリ噛んでいました。

 昼休み開始のチャイムと同時に清一くんとエメトが連れ立って教室を出てから十五分。お昼休みもあと五分で終わりです。

「あんた何イライラしてんの?」

 西口さんが呆れた顔で言いました。仁名村さんは爪を噛むのに夢中で、唾液が一滴指を伝って落ちて行くのも気付かない様子。

「うっさいわね、裏切り者」

「え? 何よ」

 急に怒鳴られて西口さんは面食らいました。

「アンタまでアイツと仲良くしちゃってさぁ。文庫本なんか貸し借りしちゃってさぁ」

 アイツとはつまりエメトのことでしょう。仁名村さんはもうとにかくエメトとかかわるものは何でも憎いのでした。

「ええ? 本貸したぐらいで何よ、私までアンタと一緒になってエッちゃんを無視しろっていうの?」

「無視してよ!」

「イヤよ、それとこれとは話が別だし」

「それが裏切りだっていうの!」

 仁名村さんは獣のように唸り、両手で机をバンバン叩きます。

「チャイムが鳴った途端に、アイツと高月くんが一緒にどっかへ消えたまま帰って来ないのよ。今頃どこで何してるか……」

「一緒にお弁当でも食べてんでしょ」

 西口さんはごく当たり前の予想を口にしただけのつもりでしたが、仁名村さんに鬼のような形相で睨まれました。

 仁名村さんはそのまま、椅子を蹴っ飛ばすようにして立ち上がり、「ちょっとトイレ」と言い残して教室を出て行ってしまいました。扉を乱暴に閉めて行きました。

「なんだアイツ……」

 残された西口さんがポツンと呟くと、「放っとけよ」とそれに返事をする人がいました。振り返ると、こちらには興味無さそうに長い足を組んでPDAをいじる女の子の姿があります。

「あんまりアイツに構ってもいいこと無いぞ」

 話しかけながらも西口さんには一瞥もくれないその姿は近寄りがたい雰囲気を感じさせました。バレー部に所属しているため体型は引き締まっていて、顔つきは精悍です。

 彼女の名前は蔵持かなえ。

「いやあ、駄目な子ほど可愛いって言うし……」

 西口さんは何か申し訳無さそうに頭を掻きました。蔵持さんの方は一切PDAの画面と操作パネルから目を離さないままで答えます。

「お前がそうやって構うから仁名村がつけあがるんだよ。放っといた方がアイツのためだ」

「でも……」

「高月清一のことだってそうだろ。アイツが高月に執着するのは、高月がカエデと同じでいかにも面倒見のよさそうな奴だからだ。一方的に頼る相手を求めてるだけなんだよ。私はそんなの恋愛と呼びたくないね」

 そう言われると西口さんも、その通りであるような気がしました。清一くんが日々甲斐甲斐しくエメトの世話を焼く様子は仁名村さんと一緒にイヤと言うほど見てきましたし、エメトが転校してくる前も、清一くんは結構、男子の間では頼られる側の存在だったように思います。

 仁名村さんが何故清一くんを好きなのか、本人の口から聞いたことは西口さんもありませんでしたが、蔵持さんの説は全てを過不足無く説明しているように思えました。何よりも、他には友達らしい友達もいない仁名村さんが、西口さんとだけは今日までうまく付き合ってきたことがその証拠かもしれません。自分が他人の面倒ばっかり見たがる性格である事は西口さん自身も認識していましたから。

「で、でも、そこまで言うことないでしょ」

 と、とりあえず弁護してしまうところがまた面倒見のよい性格の表れです。蔵持さんはここで初めて、PDAから顔を上げて西口さんの方を見ました。

「西口、己の頭の蝿を追えって諺知ってるか?」

「なぬ?」

 己の頭の蝿を追え。他人に構っているヒマがあったら、先に自分の問題を解決しろと言う意味の諺。

 蔵持さんは席から立ち上がり、西口さんの目の前に詰め寄りました。西口さんは女の子としては背の高い方ですが、バレー部員なだけあって蔵持さんは別格です。お互いの胸が当たりそうな距離に近づいた今、西口さんははっきりと蔵持さんに見下ろされていました。

「どうもあんたは、他人の恋愛にばっかり口出してるようだけど、自分はどうなんだ? 人にアドバイスするほどの経験してるのか?」

「ううっ……」

 こうもズバッと言われるとグウの音も出ません。

「仁名村のことをどうこう言ってるヒマあったら、自分こそ彼氏の一人や二人作ってきたら?」

「う、う、う、うおおー! 聞こえませ――ん!」

 西口さんはとうとう、両耳を押さえて逃げ出しました。風より速く、弾丸より速く、宇宙の果てまで逃げました。逃げるしかないんです。はい。


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