10.エメト:レベル2
エメトが始めて学校に行った日から何週間か経ち、AIは日増しに成長を続けていました。感受性豊かな高校生に囲まれて過ごすことで、エメトの情緒的能力の成長を促せるという清一くんのお父さん達の開発チームの目論見はおおむね成功しているようです。
この日のエメトは朝から熱心に本を読んでいました。エメトの記憶力をもってすれば、一ページあたり一秒もかからず文面を記憶することも十分可能ですが、あえて時間をかけて映像的情報から文章内容を解読理解してから次のページをめくるようにしていました。読んでいる本のタイトルは『食料自給率の推移から見る日本』で、相当厚みのある、見ていると頭の痛くなってくるタイプの本です。
前の日には、『ママ一年生~初めての赤ちゃん~』と言う本を読んでいました。その他には『初めて描く同人誌』『水辺の生き物』『経営者のためのビジネス英語』『折り紙の世界』『自然界におけるフィボナッチ数列』『三国志』『人は風水で必ず幸せになれる!』『たのしいさんすう』等など、こうして列挙してみても何の統一性も見出せないタイトルが並びます。
これらの本は、全てエメトが与えられたお小遣いを使って自分で選んで買ってきたものでした。どれをとってもエメトにとって一切役に立たなさそうな本ばかりです。漫画を一切買っていないのは、デフォルメされた絵をコンピューターが理解するのが難しいからでしょう。
「そんなもん読んで楽しいか?」
清一くんは紙面一杯にならぶ細かい文字の羅列を横から覗き見て言いました。
「楽しいですよ」
とエメトは笑います。以前と比べると笑顔を作る正しいタイミングというものを学んだようです。楽しいなんて感じる心もないくせに、上っ面だけそれらしい答え方を覚えやがってと清一くんは苦々しく思いました。
清一くんはエメトを連れて学校へと出発しましたが、家を出てもエメトはまだ本を読んでいました。
「車にぶつかるぞ。危ないから止めろ」
エメトの十億円のボディを心配した清一くんが注意しましたが、
「大丈夫です。危険があれば対応できます」
と言ってエメトは聞きません。人間の言うことに対して反論することも最近覚えたようです。清一くんとしてはますます面白くありませんでした。
学校に着いて、自分の教室の自分の席に着いても、まだエメトは本を読んでいました。もうしょうがないので清一くんは放っておくことにしました。
そのかわりに西口さんがやってきて、背後からエメトに抱きついて邪魔しました。
「まーたアンタは、こんな女の子らしくない本読んで!」
西口さんはエメトの耳元で叫びます。エメトは本から顔を上げました。
「女の子らしい本とは、どんな本ですか?」
「いい質問ね」
西口さんはニヤリと怪しげな笑みを浮かべます。そしてぱっと身を翻すと、自分の席までダッシュして、置いてあった鞄に手を突っ込みました。この高校には制鞄というものがないので、西口さんの鞄はそれこそ女の子らしい、派手なキャラもののフィギュアだのキラキラのラメだのがごってりまとわりついたピンク色のバッグです。
次にエメトの前に戻ってきた時、西口さんの手には一冊の文庫本がありました。
「やはり今をときめく女子高生としてはこういう本を読んで然るべきなわけよ」
本のタイトルは『学園ラブ☆ハリケーン』。とある高校を舞台にした主人公の少女の甘いラブストーリー……という名目で、複数の男子との目眩めくエロ展開がポルノ小説とほぼ同レベルの濃厚な描写で次々と繰り返される思春期女子垂涎の一冊です。
「ありがとうございます」
エメトはいつも通りの笑顔でそれを受け取りました。それに比べて西口さんの顔は邪悪です。
「読んだら感想聞かせてね。ウヒヒ……」
「はい」
……そんな一人と一台の様子を少し離れて憎々しげに見つめる者がありました。もちろん仁名村七瀬さんです。
「ちくしょう、かえでの奴、あんなのと仲良さそうにしやがって、裏切ったなー!」
などと、言いがかりもいいところの独り言を呟いて歯軋りしています。
それにしても、憎むべきは高月エメト。いつでも清一くんの隣に陣取っているばかりか、クラスで唯一の友達と言っていい西口さんまで奪い取ろうとしている。……と、彼女の頭の中の世界でエメトの役どころが完全に決まっていました。そして彼女はこういう結論に達します。
……もう勘弁ならん。いっぺん痛い目見してやる。




