ハローウィン。
「ありがとう。これで終わりね。疲れたかしら?」
「全然~」
百合子さんは多分、70歳くらいだと思う。下手に若作りしてなくて、髪も白いまま。肌もそれなりに皺クシャなんだけど、上品なおばあちゃんという感じで私にとっては理想のおばあちゃん像だ。
私もあんな風に年を取りたいというと、お母さんはいつも嫌な顔をするけど。
焼きあがったクッキーを透明な袋に入れてリボンで結ぶ作業を続けて、最後の一つを仕上げた。いつもならこれで終わりだ。
夜はいつも百合子さんがいつも一人で大丈夫だというので、私たちはそのまま帰る。だけど、今日のハロウィンの夜は違った。
「ねぇ。なゆこちゃん。今日は、午後10時まで家にいてくれないかしら」
「え?」
「今日は特別な人がくる予定なんだって。なゆこ。だから、忙しくなるから、手伝ってあげなさい」
百合子さんの言葉に驚いていると、母が畳み込むように言う。
なんだかおかしな笑いをしていて、嫌な予感がする。
「だったら、お母さんが!」
「今日はお父さんと二人きりのハロウィンの夜を過ごすつもり。だから、なゆこは邪魔なんだけど」
目的はそれか!
っていうか、そんなラブラブな二人ではないんだけど。
黙っていると百合子さんが再び口を開いた。
「今日のお昼のアルバイト代に、夜のアルバイト代として付け加えるわ。それなら、どう?」
「そ、それはいらないですよ!」
昼のバイト代と称して、すでに1万円を百合子さんから頂いていた。
その上、お金をもらうなんてとんでもない。
「だったら、だめかしら?」
百合子さんは、おばあちゃんだというのに可愛らしく首を傾げてお願いする。
なんて、可愛いおばあちゃん。
これ、断れないでしょう。
「いいですよ。どうせ暇だし。この際親孝行をします。お母さん、精々二人のハロウィンを楽しんでね」
「フフフ。そうするね。なゆこも楽しんで」
どういう意味?
まあ、いいけど。百合子さんと話すのは好きだから。
しかも夜は彼女が作ってくれるらしい。百合子さんは西洋料理が得意なんだけど、あまり作るのは好きじゃないみたい。だから、母が朝食以外は作っている。けれども特別な日は西洋料理を作ってくれて、母がたまにおすそ分けも持って帰ってきてくれる。
「じゃあ、なゆこ。頼んだよ。百合子さん、それじゃあ」
「加代さん、ありがとう。明日報告するわ」
「待ってますよ。フフフ」
二人はそんなことを言い合って笑う。
なんなの?
「なゆこちゃん、夕食つくりも手伝ってもらえる?下ごしらえはすませてあるから、手間はかけさせないわ」
「勿論ですよ」
何もしないで待っているのが好きじゃないし、率先して私は手伝った。
「……今日は誰か来るんですか?」
「そうよ」
用意する食器は三人分だった。
っていうか、私邪魔だよね?
いや、なんていうか。
「あの、百合子さん」
「だめよ。なゆこちゃん。あなたにはいてもらわないと。彼もがっかりするから」
「彼……?」
「あ!私ったら」
百合子さんは口を押えて笑う。
……彼って、彼って……。
もしかして、
頭に浮かぶのは小生意気な金髪の少年の邪悪な笑み。そして、最後に見た泣きそうな顔。
「百合子さん、来るのってもしかしてルカですか?それなら、私、」
「ああ、ばれちゃったわ。だめよ。だめ。なゆこちゃん。お願い。絶対にここにいて。じゃないと、身の保証はないわ」
「え?ど、どういうことですか?っていうか、そんなに邪悪な存在になったんですか?」
アメリカで麻薬に手を染めて、マフィアの子飼いにでもなってしまったのか。それとも、おかしな運動に手を染めて。
いや、でも御曹司なんだよね。それはない。いや、まて。二代目が一番転げやすいと聞く。やっぱりそうなのか?
私が悩んでいる間に、玄関の呼び出し音が鳴った。
げっつ、もう来たの。やばい。どんな風になって帰ってきたのか……。
なんだか、もうその場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだったけど、窓から逃げるわけにもいかない。
「なゆこちゃん、玄関まだお迎えにいきましょう」
百合子さんに腕を組まれ、私は仕方なく、出迎えにいくことになった。