最強の樹士と言われている私だが、本職は家具職人だって言ってるよな!?
ロボットだけどメカじゃない! 木製ロボットファンタジー、始まります!
父さんは魔法の手を持っていた。父さんの手で作れないものなんてないと思っていた。
母さんは自然の声が聞こえていた。内緒よ、とそっと教えてくれた魔法は私の宝物だ。
二人が揃えば、素敵なものがどんどん生まれていった。それが誰よりも誇らしかった。
だから私がこの道を進んだのは運命であり、必然だったのだろう。
あの二人が生み出したように、あの二人の血を引く私がその技を受け継いだのなら――。
* * *
「――ここは貴様のような小娘が来るような所ではない! とっとと出て行くが良い!」
私――エルリス・アキレアには嫌いなものがある。
この世には得てして理不尽なものがある。例えば、工期がめちゃくちゃ早くて足下を見るような顧客からの仕事。例えば地位に物をいわせて工期と報酬をめちゃくちゃな数字で要求してくる奴。
そんな理不尽には否と要求を叩き付けたくなるのが私だ。だから、突然連れて来られて、とりあえず話は後日と待たされ、挙げ句の果てにやっと話が聞けるかと思えばこの仕打ちである。流石の私もこれには全力で拳を握った。
「言われないでも出てってやるよ! このクソキノコが!」
「なっ!? クソキノコだと!? 私の髪型を馬鹿にしているのか! これだから見るからに品のなさそうな小娘は!」
「へぇへぇ、品がなくて申し訳ございませんねぇ! こちとら無理を言って連れて来られた上、よくわからねぇ部屋で一日過ごした挙げ句、この仕打ちだ! これだから貴族ってのは大嫌いなんだ!」
「なんだと……! 貴様、姫に気に入られたからといって図に乗るなよ! 貴様を預かって欲しいと言われたが、そのような規律が乱れるような前例など認める訳にはいかん!」
「あぁ、そうかい! 姫だかなんだか知らねぇが、あのチビに言っておけ! 事情も説明もなしに罵倒するジメジメ陰険キノコが不愉快だから、テメェの頼みがなんだろうがお断りするってなぁ! 品がねぇのはお前の手下も一緒じゃねぇかってな!」
その瞬間、キノコ頭の身なりだけは良い男の拳が私の頬に突き刺さった。怒りで顔を真っ赤にして、胞子のように唾を飛ばしてがなり立てている。
私は頬を拭った後で、思いっきり足に力を入れて男の股間を蹴り飛ばしてやった。瞬間、真っ赤だった顔が真っ青に染まってキノコ頭は崩れ落ちる。
「き、貴様ぁ……!」
「言われなくても出て行ってやるよ! 二度と来るか、こんな場所!」
私は怒りに任せたまま、右往左往するキノコ頭と同じような装束に身を包んだ奴等を睨み飛ばして道を空けさせながらずんずんと進んでいく。
「チッ……王城の中がどうなってるのか気になって釣られたけど、とんだ災難だった。あーもう、王城なんて来るもんじゃないぜ!」
ぶちぶちと文句を言いながら、私は王城の外へと出て行くのであった。途中、擦れ違う人が私を見る。中には声をかけようとする奴もいたが、目付きの悪さで有名な私だ。すぐにひと睨みすれば誰も声はかけない。
品がないね。えぇ、そりゃそうですとも。こちとら歴とした民草だ。住む世界が違うなんてご尤もだ。
「……うまい話には裏がある。今度から心しておかねぇとな」
* * *
「――で、エルリスや。お前、明らかに貴族の兄ちゃんを殴って王城から出てきたと?」
「そうだよ。ったく、とんだ災難だったぜ」
「災難どころか、災厄なのはお前じゃーーーーっ!」
「うっせぇな、クソジジィ! 手伝いが必要だからって私を呼んだんじゃないのか!」
「お、おおお、お前という奴は! 姫から直接、王城に招待されたというのに、樹士を殴って出て行ったとか前代未聞すぎるじゃろうが!?」
王都の城下町、その下町にある大手の工房〝カラント工房〟。
その親方である五代目カラント工房の工房長、クロフ・カラント。それがこの爺さんの名前と肩書きだ。私が今回、王都まで来たのはこの爺さんから仕事を受けてきた訳なんだが……。
「お前さんなぁ、少しぐらい自分の事情を説明しても良かったじゃろ」
「あのなぁ、そしたら今度はその姫さんが〝死にかけた〟って事を説明しなきゃいけなかっただろうが? あんな私を目の敵にしている樹士に説明なんかしてみせろ。首がこうだぜ、こう」
私が首をとんとん、としながらクロフの爺さんに言うとすっかり黙ってしまった。元々、私が王城に上がるようなことになってしまったのはカラント工房のミスが原因だったからだ。
とはいえ、カラント工房がミスったのは今回、カラント工房が引き受けた建設の工期がめちゃくちゃ短縮されたからだ。それ自体はよくある。だが、王都の客というのは融通が聞かない。やれと言われたら無茶でも何でもやるのが基本だ。
そこで手が足りなくなったクロフの爺さんが私を呼び寄せたんだが、そこで事故が起きてしまい、危うくその姫さんが最悪死にかけるような事故が起きてしまった訳だ。
「お前さんに庇ってもらった以上、儂も強くは言えんが……いや、それでも樹士を殴って飛び出してくるのは前代未聞すぎるじゃろ。姫様、今頃困ってるんじゃないかのぅ?」
「知るかよ。部下が潰す面子は上の面子でもあるだろうが。あの姫さんが何考えてたのか結局わかんねぇが、下が下なら上も信用ならねぇ」
「それはどうかと思うが……まぁ、お前さんは元々、貴族が嫌いじゃしのぅ」
「貴族が嫌いなんじゃない。私が嫌いなのは無理ある工期を金に物をいわせれば出来上がると思ってる奴等が嫌いなんだ。で、そういう奴等はだいたい貴族ってだけ。ほら、さっさと仕事しようぜ、クロフの爺さん。工期は待ってくれねぇんだろ?」
「まぁ、それはそうなんじゃが……はぁ、儂ももう知らん。お前さんに何があっても庇いきれんぞ?」
「その時は二度と王都の土を踏まねぇよ」
クロフの爺さんが深々と溜息を吐く。何度か眉間を揉みほぐした後、表情を切り替える。
「まぁ、そうじゃな。元々はそのためにお前さんに来て貰ったのじゃ。さっさと外壁の修復を終えなければならん」
イグドラシル王国の王都ミズガルズ。この王都には円形に囲うようにして外壁が建てられている。カラント工房が受けたのはこの外壁の一部の修復だ。
これは王都を守るための要であり、カラント工房を始めとした建築士の仕事が絶えない理由でもある。仕事が絶えない理由は、この外壁が度々崩されることがあるからだ。
その外壁を崩すものこそ、私たち人類にとって天敵とも言えるもの。害ある獣と書いて、害獣。さっき私を殴り飛ばした樹士が相手にしなきゃいけない化物だ。
「害獣の被害も最近増えてるな。王都にまで被害が来るなんてよっぽどだろ。やっぱり国王が伏せってるって影響は大きいのか?」
「伏せっているどころか、最近では意識がある時の方が少ないと言われてる。お身体がよろしくないそうじゃな。近い内、王太子が王になると言われているがなぁ。その後ろ盾となって権力を握りたい者が互いに牽制し合って会議が進んでおらんとは噂だが」
「けっ、これだから貴族ってのは嫌いだ。金に権力、それがあれば何でも出来ると思ってやがる! そんなもん、害獣の前では何の意味もねぇよ」
「それはそうなんじゃが、かといって国を治めることが出来るのも王族・貴族の仕事じゃよ」
「……ふん。いけ好かねぇけど、まぁ、仕事は仕事だ。きっちりやってるなら敬意ぐらいは払ってやるさ。害獣に王国を荒らされちゃ私の仕事がなくなるしな」
害獣は人を狙って襲撃してくる。人が死ねば私の仕事はなくなる。その害獣の侵略を防ぐためには外壁の修復を急がないといけない。
つまり私のやる事はシンプルだ。修復だと私の本業から外れるけれど、これも自分の仕事に繋がるものだ。地盤を固めるのも大事なことだ。
ただ、それでも思う。外壁の修復は自分が本当にやりたい事ではないから。
「あぁ、早く家具作りに戻りてぇな」
* * *
「――どういう事ですか!?」
一方、その頃。王城では樹士団の詰め所で一人の少女が憤りの声を上げていた。彼女はこの国の第二王女、ステリア・ルラ・イグドラシル。快活な空気を纏い、ころころと変わる表情は愛嬌として知られる可憐な王女である。
王家の特徴として現れる新緑色の髪、その髪をステリアはポニーテールに纏めているのだが、彼女の震えによって尻尾のようにゆらゆらと揺れており、琥珀色の瞳は驚きに見開かれている。
その少女の前で憮然とした表情を浮かべているのは、エルリスを追い出した灰色の髪色のキノコ頭の男だ。彼の名前をパワハ・マッシュドと言う。
「ですから、あのような者は王城に上げるような身分ではございません。ましてや樹士団で預かれなど、前代未聞過ぎます。幾ら王女殿下のご命令と言えども看過出来ません。これは王家の権威を思ってのことでございます」
「何故そのような話になるのですか! パワハ! 彼女は一体どちらに!?」
「姫様、あのようが品のない下賤な貧民のことなどお忘れください。貴方様にはもっと果たさなければならない使命が……」
「私はただ預かって欲しいと言ったのをどう曲解したと言うのですか!?」
「は? 曲解ですか?」
「私は彼女に頼みがあって王城に招いたというのに……! それをこちらの無礼で追い返したとなれば王家の恥です! 私の顔にそんなに泥を塗りたいのですか、パワハ!」
怒り狂うステリアに対して、パワハは理解不能だと言うように眉を寄せた。
元々、パワハはこの第二王女のことが気に入らなかった。彼女にとって姉である王太子殿下はお淑やかな淑女でありながら、この国の次代を担う器量を備えた才色兼備だった。
一方で、このステリアは元気が有り余った跳ねっ返りとして有名だった。将来は樹士になりたいなどと言い出す始末で、樹士という身分を神聖視しているパワハにとっては子供のお遊びに付き合ってなどいられないと心底思っていた。
「もう良いです! 貴方では話になりません!」
「王女殿下! 貴方はまたそのような身勝手な行動を! 貴方も姫ならば世界樹に祈りを捧ぐ使命を果たすべきなのです!」
「祈りを捧ぐのは姉様がいれば十分です! 私には為さねばならぬことがあるのです! その為に彼女が必要だったのに……!」
未だに憤るステリア。そんな彼女に対して苛々としていたパワハは従者に命じて、この跳ねっ返りの王女を閉じこめてしまえば良いと思っていた。実際、それを進言しようと口を開こうとした瞬間だった。
甲高い笛の音が響き渡ったのだ。その独特な笛の音が響いた瞬間、樹士団の間に緊張が駆け巡る。
「また害獣の襲撃か!?」
「待て、外壁の修復はどうなっている!」
「外壁の修復はまだ完了していないと……」
「えぇい、建築士共は何をしているのだ! これでは王都が戦場になりかねないではないか! 無能どもめ!」
騒ぎ立てる樹士たちの声にパワハが苛立たしそうに声を上げる。
「アマリリス樹士団、出撃するぞ! 各自、トーレントに搭乗しろ!」
パワハの視線の先、そこには巨大な人型が鎮座していた。
それはイグドラシル王国を守護する樹木の巨人、名をトーレント。人が乗り込むことによって駆動する対害獣用の守護樹。
特殊な加工によって害獣の爪をも弾く木の装甲と柔軟性も備えた樹木の身体。その内部はイグドラシル王国の中心部に存在する、あらゆる生命の源となった世界樹から取れた繊維を幾重にも折り重ねて、人の神経のように搭乗者と巨人を結ぶ操縦系となる。
その繊維に浸されているのは世界樹から取れる蜜であり、これが搭乗者の魔力と結びつくことで自分の身体のように樹体を動かすことが出来る。しかし、それでは不足する魔力を助けるのが世界樹から授けられた〝種〟である。
本来は大地に根付き、発芽して緑広げる世界樹の種を樹体の動力としている。これがトーレント、イグドラシル王国が害獣の脅威に晒されながらも健在な理由である。
樹士たちが次々と樹体に乗り込み、出撃していく様をステリアは歯噛みしながら見つめていた。
「……やはり、私には彼女が必要なのよ。この国の為にも――」
* * *
「が、害獣が出たぞー!」
「なんだとぉ!?」
樹士団が害獣の襲撃を報せる少し前のこと。誰よりも先に害獣の襲撃に気付いたのは外壁の修復作業に従事していた建築士だ。
誰もが恐々したように増える中、怒声を張りあげるのはクロフだった。
「野郎ども! 撤収だ! 命あっての物種だ! 外壁の修復は生きてれば出来る! 死ねば元も子もねぇぞ!」
「で、でも親方! これじゃ市街に害獣が……!」
「だからってどうしろってんだ! 角材持って玉砕しに行くか!? あぁっ!?」
害獣は人よりも大きな巨体を持ち、凶暴性も備えたまさに害を為すための獣だ。ただの人では抗いようもない。だからこそ逃げることしか出来ない。それはクロフにとっても歯噛みしたくなる程に悔しい事実だ。
だからこそ彼は一人でも多く逃がすことを決める。真っ先に害獣に追いつかれるとしたら自分たちだ。どんなに文句や罵声を浴びせさせられようとも、自分たちの仕事は戦うことではなく、戦いの後に待っているのだから。
「親方! ダメだ、間に合わねぇ!」
「それでもケツまくって逃げるんだよぉ!」
「お、親方ぁっ!」
「今度は何だぁ!?」
「え、エルリスの嬢ちゃんが、足止めするって突っ込んでいきやしたーーーー!」
クロフがその叫びを聞いた瞬間、遠目から見える害獣に向かって何かが躍り出るのが見えた。
それは、一樹のトーレント。どこまでも白く染め上げられた、芸術性すらも感じさせる樹体は猛然と害獣へと向かっていく。その両手に握っているのは外壁修復に使われる予定だった角材だ。
「あ、あの馬鹿たれーーっ!? 本当に角材を持って突っ込む奴がいるかーーーーっ!?」
* * *
――私には嫌いなものがある。それは仕事の工期を滅茶苦茶にするような奴だ。
金に物をいわせて期間を短縮しようとする奴、そして人の仕事を無に帰そうとする奴等だ。
「ようこそ、クソ虫どもが! 私が現場にいた不幸を呪えぇぇええッ!」
迫ってくる害獣は、この国ではどこからともなく現れてくる厄介な巨大蟻、キラーアントだ。
キラーアントは建築士にとっては怨敵の二文字で現される。こいつは人の手で加工された木材、つまり建物を積極的に狙って食い散らかそうとするからだ。
森にいれば倒木を綺麗に食べ尽くして綺麗にしてくれるのだが、こうして人の生息圏に出現すると害獣に早変わりする。
「一生、森で引き籠もってれば良いものをぉ!」
先頭にいたキラーアントの頭を角材で叩き潰す。流石外壁用に用意された角材、強度は申し分ねぇ! キラーアントの体液で汚れた角材を構え直して、進軍の勢いを止めたキラーアントと私は向き直る。
「今、私の苛立ちは最高潮だ! そしてお前たちは害獣! 八つ当たりの的には十分過ぎるよなぁ! 〝シラカンバ〟!」
私の叫びに答えるように〝シラカンバ〟の心臓部、この樹体に宿った〝意志〟が応えてくれる。
人で言えば呆れたような溜息、けれど害獣を討ち倒そうとすることには強く同意してくれる。言葉ではなく、思念で伝わる思いに私は唇の端を釣り上げた。
「行くぞぉぉおおっ! アリンコどもぉ! お前の餌になるものは何一つもありはしねぇっ!!」
* * *
――その日、イグドラシル王国を守護する誇り高き樹士たちは、想像もしていなかった理不尽と遭遇することとなった。
「な……なんだ、あれは!?」
〝それ〟が自分たちが駆るトーレントと同じものであることはわかる。極少数ではあるが、個人的にトーレントを所持している者がいるとは樹士たちも知っていた。
けれど、そのどれもが樹士たちが駆るトーレント〝オーク〟に比べれば性能が劣るものだった。
それも当然だろう。国を守護するトーレントは品質として最高級とされる素材を使用しているのだから。
国防のための予算を潤沢に使って、オークの性能はどのトーレントよりも上だとされてきた。だが、そのオークを駆る樹士たちですら目を疑う光景が今、目の前に広がっている。
――それは、両手に角材を持って害獣であるキラーアントと死闘、否、蹂躙を続けているたった一樹のトーレントだった。
既に死骸となったキラーアントは無数に転がっていて、それがこの白いトーレントによって為されたのだ。
キラーアントはその勢いに既に及び腰になっていて、距離を取りつつある。そんなキラーアントを踏み潰そうとするような勢いでトーレントが〝跳躍〟した。
そう、〝跳躍〟である。これが樹士たちの常識には存在しなかった。
「馬鹿な! あんなに飛んで樹体が、いや、操縦者が保つ筈がないっ!」
トーレントは人を中に乗せることで駆動する。しかし、巨大な力が故にトーレントの中はとても〝揺れる〟のだ。
この揺れに耐えることがまず、樹士としての第一歩と言われる程だった。だからこそ彼等はトーレントを動かす際、自分たちがどこまでトーレントの揺れに耐えられるのかを探る。
無理な挙動は樹士に大きな負担を与える上、樹体の寿命すらも磨り減らしてしまう。だからこそ跳躍などという動きは以ての外だった。
故にトーレントの最大速度と言えば、人間で言う駆け足だった。それとて慣れぬ人間では耐えられぬ振動が襲うので、樹士とは狭き門をくぐり抜けたエリートなのである。
その彼等が断言する。――あの白いトーレントは、明らかにおかしいと。
「そもそも、どうやってあんなに高く飛んでいるんだ……!? 着地の衝撃をどう抑えているというのだ!?」
白いトーレントは、まるで全力疾走するように戦場を駆け巡っている。少しでも背を向けて逃げようとしたキラーアントを獲物に喰らい付くかのように角材を振りかぶって襲いかかるのだ。
キラーアントにとっても悪夢だろうが、樹士たちにも悪い夢を見せられているようだった。何せ、ここまで出撃してきたのに自分たちは棒立ちのままでも問題ない程にキラーアントの勢いは落ち込んでいるのだから。
そして樹士たちが茫然と立ち尽くしたまま、キラーアントの最後の一匹に角材が振り下ろされてしまった。僅かに痙攣するように身を震わせたキラーアントが絶命したのを確認しても、樹士たちは身動きが出来なかった。
「……す、素晴らしい!」
そして、我を取り戻したのはパワハ・マッシュドだ。彼は嬉々とした様子で白いトーレントに目の役割をしている琥珀眼から熱い視線を送る。
あれがあれば、もっとトーレントの性能を引き上げることが出来る。中にいる操縦者も個人でトーレントを所有しているのであれば、やんごとなき身分の方なのかもしれない。ここは下手に出てても、あの樹体を、そして操縦士を自分の手に収めたい。
そうすれば自分の権威と立場は更なる飛躍を見せると、彼はそんな夢に魅せられてしまった。
『そこの民間機! 私はアマリリス樹士団副団長、パワハ・マッシュドであります! 此度の助力、まことに感謝しております! この功績には恩赦も出されることでしょう! どうか詳しい話をしたいので、ご同行を願えませんか!』
魔法を用いた声を拡張する機能で白いトーレントに呼びかけるパワハ。白いトーレントはゆっくりとパワハの方へと振り返る。
――そして、器用にも中指だけを立てて向けて来た。
「は……?」
『――テメェ、あのクソキノコ頭じゃねぇか。誰がテメェになんかお礼されて喜ぶかよ。っていうか来るのが遅ぇんだよ、さっさと帰りやがれ』
あの白いトーレントが拡張した音声で伝えてきたのは、自分が先程追い出した少女の声だった事に気づき、パワハはただ呆然自失することしか出来なかったのだった。
* * *
「あー、結局私だけで片付けちまったな。まぁ、蟻どもが悪い。肩が凝るぜ」
操縦桿から手を離して、私はグルグルと肩を回した。今回は良い角材があったし、数もそこまで多かった訳じゃない。一人で対処出来てしまったけれど、こんなのサービスにしたって超過労働過ぎる。
私が潰したキラーアントの死骸は転がっている。このままには出来ないので後処理はしないといけないが、流石にそれは私の仕事じゃないよな。
『じゃあ、片付けは任せるわ。それぐらいはやってくれよな』
『ま、待て! いや、待ち給え! き、君は一体何者なんだ!? その白いトーレントは一体!?』
あのキノコ頭が乗っていると思わしきオークから拡張された声が聞こえてくる。このまま無視して去っていこうかとも思ったが、そういえばこいつに自分の名前を名乗ってなかったな、と思い至った。
まぁ、いきなり出会い頭に罵倒されたしな。頭に来て私も言い返したけど。
『エルリス・アキレア。ただの家具職人だよ』
『た、ただの家具職人がトーレントを所持している訳がないだろうがァッ! どういう事か説明したまえ! その樹体の性能、君の出自から何まで全てだ!』
『そんな義理があんのかよ!』
『国に逆らうつもりかね!』
『――そこまでにしなさい、パワハ』
そこに凜とした声が拡張音声で響き渡った。それはトーレント越しではなく、外壁の上に立った一人の少女の魔法によるものだった。
『この場は私――ステリア・ルラ・イグドラシルが預かります。エルリス・アキレア、貴方にもどうかご同行して頂きたいのです。先程、我が国の樹士が貴方に無礼を働いたことを謝罪したいのも含め、どうか貴方のその力をお貸し願いたいのです!』
外壁の上に立っていたのは、先日偶然出会ったあのチビの姫様だった。シラカンバの視覚から拡張された姿を見て、私は溜息を吐いてから答えた。
『――断るっ!』
『ッ、ま、待って下さい! 非礼は詫びます! 全ては私の不手際でございました! どうか話を聞いてください!』
『私は家具職人だっつってんだろうが! 私は樹士なんてやんねぇぞ!』
『ですから――樹士としてではなく、家具職人としてのお力をお借りしたいんですッ!!』
……あれ? 思ってた展開と違うぞ。これだけ力を見せたんだから、国防のために国に仕えろって言われるんじゃないかと思ってたんだが……違う、のか?
* * *
「――改めて謝罪を。こちらの伝達ミスでエルリス、貴方に大変不愉快な思いをさせてしまいました」
「まぁ、謝るのが礼儀だとは思うけどよ。王族として良いのか? 後で私が頭を下げさせたって罰されたりしないか?」
「貴方を罰する理由があるのですか? 害獣の襲撃をたった一人で被害を抑えた功労者です。それに貴方が城を勝手に去ったのは樹士団の落ち度です。厳罰に処されるとするならば彼等でしょう。私も言葉足りずだった為、彼等ばかりの責任ではありませんが……」
ここは王城、それも第二王女のチビ、ステリア様の私室だ。そこに改めて招かれた私は王女様の私室の家具や装飾が気になって意識がとても散っていた。
「でも預かって欲しいって言うのが、どうして樹士になるって曲解されたんだ?」
「それは私が樹士になりたいと言っていたのが曲解を招いたのかもしれませんが、私の客人だというのも伝えていたのです。どうしてそんな曲解をしたのか私も少し理解しがたく……」
「あぁ、いいよ。別にアンタに怒ってる訳じゃねぇよ。……というか、私が喋る度に従者の人が怖いんだが。こちとら下賤の生まれでね。人を敬って畏まった振る舞いなんて出来ないんだ」
「……下賤と言ったのはパワハですね。本当に、彼は……」
眉間を抑えてステリア様が溜息を吐く。チビの癖して気苦労を背負い込んでるみたいで大変だねぇ。
「本当に申し訳ありません。守るべき民草に対して思慮が足りないものが樹士として名を連ねていたこと、どのようにお詫びしても足りません」
「だからいいって。それより仕事の話をしようぜ。その為に最初から私を呼んだんだろう? っていうか、家具職人としての依頼って言ってたけど、なんで姫様がそんな依頼を私にするんだ?」
「正確には家具の依頼ではないからです」
「おいおい……やっぱ遠回しに樹士をやってくれってことじゃ……」
「……そうしてくれたらいいなぁ、とは思いますが」
ちらっ、と上目遣いでこっちを見てくるステリア様。あっ、こいつ結構強かな奴だな? 言質を取られないように気をつけねぇと……!
「こほん! ……先日、私は貴方の所有しているトーレントを拝見する機会に恵まれました」
「あぁ……うん、そうだな」
そもそも、なんで私がステリア様と知り合ったかというと、外壁の修復作業の途中で資材が崩れて、たまたまお忍びで視察に来ていたステリア様を巻き込みかけたからだ。
それを私がシラカンバで保護したんだが、その時に見せた挙動に、そして私自身に興味を示して王城に拉致られるように招待されたというのが昨日の流れだ。
「はっきり言います。貴方のトーレント、シラカンバは画期的な存在です」
「それはどうも。昨日も聞いたけれど」
「えぇ、貴方は女性の身であり、樹士としての訓練を積んだ訳でもないのにトーレントを樹士以上に自在に扱えます。それはシラカンバが我が国のトーレントよりも洗練された建造をされているというのもあるのですが、何より目を惹いたのが――操縦席にあります」
「あぁ、あれは私の自慢の作品だよ。そう言って貰えると嬉しいね」
「貴方が従来のトーレントには不可能とされてきた挙動を行い、かつ長時間の運用が可能としているのは貴方がデザインした操縦席があってこそです」
シラカンバは確かに樹体そのものにも手を入れているけど、何よりも力を入れているのは操縦席。
とにかくトーレントは揺れる。揺れると気持ち悪い。だから無理な挙動は出来ないし、長時間乗っているのだって辛い。――なら、乗りやすいように改造してしまえば良いじゃないか、というのが私の発想だった。
元々、シラカンバは私の父さんが使っていたトーレントだった。それを私が受け継いだはいいもの、そのままでは座席は合わないわ、揺れが酷いわで私も最初は扱えなかった。
「だからこそ貴方は操縦席を改造した。揺れが少なく、長時間の稼働にも耐えうるように」
「私はシラカンバで移動して旅をすることもあるからな。操縦席が一種の〝部屋〟と捉えればデザインのしようはあると思ってね」
「その着眼点です! 私はその力こそを貸していただきたいのです!」
「と、言うと?」
「現在、我が父上……国王陛下は病に伏せっています。近い内、私の姉が女王として代替わりすることでしょう。ですが、姉上には世界樹に祈りを捧げるという使命があります」
この国の中心部に存在する、生命を育む世界樹。それを守り、その恵みを分け与えられているからこそイグドラシル王国の発展は今日まで続いてきた。
その世界樹の恵みを授かるため、祈りを捧げて世界樹に活力を与えているのが世界樹の巫女、この国の王族の女性が担当するという大事な役割だというのは私も知っていることだ。
「世界樹に捧げる祈りは姉が優秀なので、姉一人で十分です。それでなくても女王として君臨すれば姉上は更に多忙になるでしょう。そうなると宙に浮いてしまうのが国王樹のトーレント、〝ヒノキ〟です」
「巫女に女王、そこに樹士なんて出来ないのは当然か……でも国王樹に乗れるのは王族だけ」
「はい。だからこそ――私が国王樹に乗れるよう、貴方の手を貸して欲しいのです!」
その琥珀色の瞳に燃えさかる炎のような光を揺らめかせながらステリア様は私に言った。
彼女の熱意は本物だろう。この国の王族として、自分が果たすべきことを成し遂げようとしている。その熱意を受けて、私は――。
「――断るっ!」
「えぇぇえええええっ!? な、なんでですか!? 今の流れ、絶対に受けてくれる流れだったじゃないですか!!」
「それ、〝家具〟じゃないじゃん! そんなのトーレントの加工技師に頼んでよ! 建築士の仕事を手伝うのとは訳が違う! はい、話はここまで!」
断りの言葉を告げた後、すぐに席を辞そうとした私の腰にしがみつくようにステリア様が飛びつく。引き剥がそうにも意外に力があるぞ、この王女様!
「おーねーがーいーしーまーすーっ!」
「こーとーわーるーっ!」
だから! 私は! 樹士でも! 加工技師でもなくて! 家具職人なんだよーっ!